古都の地元ライターが京都旅をもっと楽しくする情報をお伝えする『京ノ旅手帖』。今回は日本人だけでなく外国人の方にもおススメしたい「日本文化にふれる」旅をご紹介しましょう。
お寺や神社だけが京都の魅力ではありません。いにしえの時代に生きた人々の文化を知り、当時に想いを巡らすのもこれまた楽し。
そんなもうひとつの京都行脚に、日本が大好きで、ついには日本に住んでしまったという外国人の友人をご案内。国内有数の景勝地として知られ、世界中から多くの人が訪れる嵐山で、様々な日本文化の体験を通し、日本人独特の「美意識」や「精神文化」を学びます。
平安時代に貴族の別荘地として栄えた風光明媚な地
京都の中でも高い人気を誇る嵐山。桜や紅葉の名所としての歴史は古く、今から700年以上前、後嵯峨上皇が奈良の吉野山から桜を移植したのがはじまりと言われています。平安時代には、貴族の別荘地として栄えて多くの和歌が残り、あの百人一首が編纂された地としても有名です。
神社やお寺などの歴史的建築物が点在し、自然の美しさと日本文化が融合する嵐山は、外国人観光客にも人気。そんな世界的観光都市の魅力的なスポットを巡り、和食や和菓子も楽しみましょう。
嵐山を象徴する渡月橋をゆったりと散策
カタンコトンと路面電車で旅気分を満喫しながら嵐山へ
京都の西エリアにある嵐山に行くなら、京都の市街地と嵐山を結ぶ路面電車がおすすめ。地元の人たちに「嵐電(らんでん)」と呼ばれる電車は、三条通りの街中を通り、映画村で有名な太秦(うずまさ)や国宝第一号の弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつ はんかしゆいぞう)で名高い広隆寺、住宅街や自然の中をゆったりと走っていきます。電車に揺られて、車窓からの景色を見ていると旅気分がぐんと高まり、おしゃべりも弾みます。
車窓からの景色と会話を楽しみながら嵐山へ
京都の風情が感じられる嵐電嵐山駅
京都の人たちの生活路線として利用される「嵐電」
嵐電嵐山駅に到着。改札口のない広々とした構内には、京友禅の生地をまとった柱が、まるで竹林の小径のように建ち並んでいました。この「キモノ・フォレスト」は、夜になると優しい光を放ち、幻想的な世界へと誘うそう。京都らしい素敵な空間に迎えられ、期待に胸が膨らみます。
人間の普遍的な感情を表した百人一首。恋愛の歌に心ときめく
嵐電嵐山駅を中心に南北に延びる通りが、嵐山のメインストリートです。南に向かい、渡月橋の手前から大堰川(おおいがわ)に沿った遊歩道を上流に歩いていくと、この日、最初に行く目的地が見えてきました。嵯峨嵐山文華館は、嵯峨嵐山や京都にゆかりのある芸術や文化に出会えるミュージアム。この地で誕生した百人一首の貴重な資料が充実しています。
嵯峨嵐山文華館 / 一面ガラス張りの窓から大堰川の景色を一望
百人一首は、100人の歌人の歌を1人1首ずつ選んだ歌集のこと。今から800年前、平安時代末期から鎌倉時代前期に活躍した歌人の藤原定家が、嵐山・小倉山の山荘で選定されたと伝わります。最初に足を運んだのは、100首の和歌と100人のフィギュアが展示されているコーナー。天皇や貴族、僧侶など、いろんな人が登場します。
100人の歌人と歌をすべて展示したコーナーは、幻想的な雰囲気が漂う
「より深く知ると親近感が湧きますね」
歌の解説には英訳も添えている
嵯峨嵐山文華館の広報である中島真帆さんは「男性が女性の気持ちになって詠んだ歌がいくつかあります」と素性法師(そせいほうし)という僧侶の歌を解説してくれました。
「今こむと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ちいでつるかな」
「今すぐ行くよ」とあなたがおっしゃるので、秋の夜長を今か今かと待つうちに、9月の明け方の月が出るまで待つことになりました......という意味なのだそう。洗練された歌の美しさはもちろん、今でも変わることない人間の普遍的な感情に共感します。
江戸時代につくられた手書きのかるたも展示
百人一首が身近に感じられる
2階には、なんと120畳もの大広間がありました。この畳ギャラリーでは、日本画を中心とした企画展を開催。日本美術に精通していなくても、わかりやすく、親しみやすい解説を添えられ、またすべて英訳つきなので外人にも安心です。
2018年11月には競技かるたの日本一を決める『第65期名人位・第63期クイーン位挑戦者決定戦』も開かれ、名人・クイーンへの挑戦権をかけて戦う姿は緊張感に満ちており、選手が繰り出す見事な技や戦略に150名の観客も息をのんで見守っていたそうです。
120畳の大広間では、競技かるたの大会や講座が行われ、白熱した戦いが繰り広げられたことも
畳の落ち着いた空間の中で日本画鑑賞ができる
「最後に記念撮影をして、楽しい思い出に残そう! 」
■ 嵯峨嵐山文華館
京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町11
075-882-1111
10:00 ~17:00(入館は16:30まで)
火曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始、展示替期間
一般・大学生:900円、高校生:500円、小中学生:300円
「渡月橋」の由来は、何ともロマンチック!
大堰川(おおいがわ)の穏やかな流れとともに下流へと足を進め、嵐山を代表する渡月橋で記念撮影。ザーッと勢いよく流れる水の音を聴いていると清々しい気分になります。
ところでみなさんは渡月橋の由来を知っていますか? 鎌倉時代、仲秋の名月の晩に舟遊びをされた亀山天皇が、月が橋を渡るような様を見て「くまなき月の渡るに似る」と詠まれて以来、この名で呼ばれるようになったそう。歴史ロマンに想いを馳せながら、風光明媚な景色を眺めていると名句が浮かんできそうです。
平安時代から桜や紅葉の名所として親しまれてきた渡月橋
外国人にも優しい!嵐電嵐山駅で見つけた一歩先を行く観光ガイド
嵐山のメインストリートには、和菓子や和雑貨、京土産などのお店が軒を連ねています。さて次はどこへ行こうかと、ゆったりと散策しながら、再び嵐電嵐山駅へ。食べ歩きグルメの甘い香りに誘われて構内に入っていくと、なにやら人の背丈ほどもある大きなスマートフォンのようなものが!駅員さんに尋ねると、これは嵐山の観光スポットやイベント、乗車案内などの情報収集のほか、コンシェルジュ(案内人)とテレビ電話のように会話ができるサイネージとのこと。さすが人気観光地・嵐山!こんな時代の先をゆく設備もあるんですね。
サイネージからは、さまざまな情報提供が受けられる
「外国の方にもおススメの、日本文化に触れられる場所はありますか」と質問すると有名な神社やお寺をはじめ、数々の人気スポットを紹介してもらいました。英語や中国語にも対応してくれるので外国人観光客も安心です。今回は、その紹介していただいた中から、6000坪の庭園が見事な大河内山荘、そして松尾芭蕉も訪れた落柿舎(らくししゃ)に興味を持ち、早速、足を運んでみることにしました。
日本語と英語、中国語にも対応。外国人観光客の多い嵐山ならではのおもてなし
時代劇の映画スターが生涯をかけて造った庭園で、絶景と出逢う
大河内山荘庭園は、昭和初期の名優・大河内傳次郎が、百人一首で有名な小倉山の南面に別荘として造った6000坪もの回遊式庭園です。すぐ近くにある竹林の小径は、多くの観光客で賑わっていましたが、山荘に足を踏み込んだ瞬間、これまでの喧噪が嘘のよう、静かにゆったりと時が流れています。なだらなか坂道を上がっていくと、見えてきたのは中門。弓形に曲げた垂木(たるき)の上に檜皮葺(ひわだぶき)屋根を載せた小さな門には味わいがあり、京都の風情が感じられます。その先に敷かれた飛び石を一つひとつ歩んでいきました。
趣のある檜皮葺屋根の中門をくぐって庭園へ
透き通るように青々としたもみじが美しい
随所に配された灯籠や石塔が、風情を醸し出す
順路に沿って進んでいく道のりは、木々に囲まれたくねくねと曲がる狭い道が続き、まるで迷路のよう。山荘というだけあって起伏があり、思った以上に体力が必要です。
突然、視界が開けた先に、傳次郎が晩年を過ごした大乗閣が姿を現しました。外から眺めても書院造りや数寄屋造り、寝殿造りと様々な建築様式を取り入れた複雑で独特な意匠がとても印象的です。建物の前には青々とした芝の広場があり、その周りを囲むようにもみじや松、楓などの木々が植えられ、日本の四季を美しく演出。周辺の山々と融合した景色とそよぐ風を包まれた開放的で心地いい空間です。
屋根や意匠に工夫を凝らした大乗閣は庭園の中心的な建物
青空とそよぐ風、緑溢れる庭園に心が癒される
嵐山の雄大な自然と融合した風景はため息がでるほど素敵
傳次郎が最初に造った持仏堂(じぶつどう)や茶室の滴水庵(てきすいあん)を越えて、山頂近くに建つ月香亭(げっかてい)にたどり着きました。庭園内で最も標高の高いところからは、京都市街を一望でき、遠くに比叡山を望む景色は素晴らしく、思いがけないご褒美をもらった気分。このように美しい自然風景や庭園、趣のある建築物に出会えることが、大河内山荘の最大の魅力です。
まるで額縁に入れられた日本画のような風景
山頂付近からは、遠くに比叡山を望むダイナミックな景色が広がる
山を下ると大河内傳次郎記念館があり、「丹下左膳」として一世を風靡した当時の活躍を見ることができます。長期保存が難しかったフィルムのように消えてしまうものではなく、永遠に残る美を求め、34歳のときに庭園づくりに着手。64歳で逝去するまで映画出演料の大半をつぎ込み、丹精を込めてこつこつと築き上げてきた山荘。生涯をかけて情熱を傾けた傳次郎の想いを感じながら、最後はお茶室でゆっくりと抹茶とお菓子をいただきました。
■ 大河内山荘庭園
京都市右京区嵯峨小倉山田淵山町8-3
075-872-2233
9:00〜17:00
無休
1000円(お抹茶と和菓子付き)
芭蕉も訪れた茅葺屋根の小さな草庵で、俳句の世界を楽しむ
自然溢れる田園風景にひっそりと佇む落柿舎
大河内山荘から5分ほど歩くと、畑が広がるのどかな田舎の風景の中に、茅葺屋根の風情溢れる佇まいを見つけました。落柿舎は、松尾芭蕉の門下生である江戸時代の俳人・向井去来(むかいきょらい)が1687年以前に構え、晩年を過ごした草庵。芭蕉が3度も訪れて長期滞在し、『嵯峨日記』を著した場所としても知られています。
どこか懐かしい日本の原風景を感じさせる「本庵」
外から見えた茅葺屋根の「本庵」は、去来が亡くなった後、1770年に再建されたもの。こぢんまりとした素朴な佇まいからは、日本独自の「侘び寂び」の世界観を感じることができます。その近くには、落柿舎の名の由来となった樹齢300年の柿の木がそびえていました。
当時、去来が40本あった柿の木の実をすべて商人に売りましたが、その晩に突風に襲われ、ほとんどの柿は地に落ちてしまったそう。その様を見て草庵を「落柿舎」と名付け、
「柿ぬしや 木ずゑはちかき あらし山」
(柿よ、嵐が吹くという名の嵐山が柿の梢に近いので、柿の実が落ちてしまったのも、仕方ないことだ)という句を詠んだそうです。
和室から望む庭園にも風情が感じられる
蛍の光のような点が浮き上がった蛍壁
去来が詠んだ句をはじめ、御朱印は4種類
「本庵」には入ることができませんが、50年前にはそのとなりに「次庵」が造られ、俳句好きが集う句会などを開催。その目の前に広がる庭園には、四季折々の100種の草木が植えられ、今もその数を増やしているそうです。落柿舎の執事である櫻井博さんは「今はピンク色の花を咲かせる京鹿子がきれいでしょ。俳句をつくるうえで、庭造りはとても重要なんです」と語ります。
「縁側では、誰もが思い思いに俳句を書くことができます」
カタンと音を響かせる鹿威し(ししおどし)をはじめ、随所に風情が感じられる
落柿舎では投句箱を設置し、投函された俳句は選句して入選作品を季刊誌に掲載しています。「訪れた記念に一句捻ってみてください」と櫻井さん。本庵の縁側に腰掛けると、300年前に去来たちが見た風景が、みなさんにも見えるかも知れません。
「本庵の縁側で一句詠んでみました!」
今回の旅は、いにしえの百人一首にはじまり、名優が生涯をかけて造った日本庭園、そして俳人が愛した草庵での俳句づくりと、「ことば」や「視覚」を通して、日本文化に触れるものでした。
嵐山で出会った、この日本人独特の「美意識」や「精神文化」......。神社仏閣や仏像・絵画だけではない、これら京都の魅力、日本の魅力を、世界中の多くの人たちに伝えられることができれば、これほど素晴らしいことはありません。みなさまも一度、そんな嵐山の魅力を探しに、渡月橋を渡ってはいかがでしょうか。きっと新しい京都の顔を見つけられるに違いありません。
■ 落柿舎(らくししゃ)
京都市右京区嵯峨小倉山緋明神町20
075-881-1953
9:00~17:00(閉庵) ※1・2月は10:00~16:00(閉庵)
休 12月31日~1月1日
250円
「嵐山で日本文化にふれる」おすすめ和食&和菓子
世界遺産の名庭にて、感謝の心で精進料理をいただく
天龍寺は臨済宗天龍寺派の大本山。足利将軍家と後醍醐天皇ゆかりの禅寺で、世界遺産にも登録されています。名庭として名高く、庭の中央にある曹源池(そうげんち)を巡る池泉回遊式庭園は、嵐山を借景として取り入れた雄大な風景が魅力です。
後方に嵐山を望む曹源池庭園。庭園全体は約3万坪の広さ
この美しい風景の中で精進料理を提供するのが、天龍寺 篩月(しげつ)です。精進料理は、鎌倉時代に中国から伝えられた料理。動物性の素材を一切使用せず、野菜・山菜・野草・海草類など四季折々の新鮮な素材を使い、季節感を大切にして調理します。もともとは修行僧のための食事ですが、篩月では賓客を接待するための一汁一飯五菜の精進料理をお出ししているそうです。まずは感謝の気持ちを込めて「いただきます」と手を合わせました。
「篩月」は天龍寺直営の本格精進料理店
一般の方にも精進料理を理解してもらうため、伝統的な朱膳に配して提供
胡麻の風味豊かな自家製の胡麻豆腐、あつあつの茄子の田楽など、味わいにバリエーションがあり、質や量にも大満足。特に印象的だったのは、青大豆のすり流しです。「貴重な青大豆をすり潰して出汁と味噌で合わせ、冷製スープに仕立てたもの。甘みやコクがあり、これから暑くなる夏の定番メニューです」と語るのは、篩月の責任者・小谷卓男さん。5つの調理法と味付け、色彩を大切にする「五法・五味・五色」に基づいた精進料理は、美的で繊細な感覚、お客様へのおもてなしの心、そして食材の一つひとつを無駄にせず、真心を込めて調理する料理人の想いが融合した究極の和食なのかもしれません。
「青大豆のすり流しは、とろりとした食感と甘みがおいしい」
「深く感謝しながら、大地の命をいただきます」
天龍寺の自然豊かな庭園を眺め、落ち着いた上質な空間の中で食べ物と向き合う。大地の生命をいただくことに深く感謝し、一つひとつの料理をしっかりと味わいながら心身ともに整え、大きなパワーをいただきました。
■ 天龍寺直営 精進料理店 篩月(しげつ)
京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68
075-882-9725
11:00~14:00
月曜休(祝日の場合は翌日休)
無休
※庭園参拝料500円が別途必要
非日常空間、「老松」で、つくりたての本わらび餅を堪能
老松は創業100余年の老舗和菓子店。観光地である嵐山で、本格的な和菓子を食べてほしいとの想いで、1976年に茶房を併設した支店・嵐山店をオープンしたそうです。数々のメニューの中でも人気は、嵐山店限定の本わらび餅。貴重な国産の本わらび粉を使い、注文をいただいてからつくります。
嵐山のメインストリートに佇む老松嵐山店
本わらび餅の入った黒塗りの二段重は、宮中へお菓子を献上する際に利用した行器(ほかい)を象ったもの。蓋を開けると、きな粉の豊かな香りが漂い、下の段には大きな氷と水の中に浮かぶ本わらび餅がとても涼しそうです。「何で黒い色をしているの?と質問されますが、この色が本わらび粉を使っている証拠です」と老松嵐山店の岩井恵子さんは教えてくれました。
注文が入ってから練り上げてつくる本わらび餅
まずはひと粒、箸で持ち上げて、そのまま何もつけずにいただきます。表面はつるり、中はもちっとしていてほんのり温かい。弾力があるので思った以上に食べごたえがあり、のど越しを通る食感が何とも言えません。これまで食べてきたわらび餅はとはまったく違う、本わらび餅のおいしさは感動そのもの。香り高いきな粉やコクのある黒蜜と合わせると、口の中に優しい甘さが広がり、自然と笑顔がほころびます。
柔らかいのに伸びがよくて切れない、独特の食感がおいしい
茶房の大きな窓から日本庭園を望み、日常生活を離れてゆったりと過ごせる贅沢な空間。そこで和菓子の歴史や素材、調理方法、器の意味といった背景を知ることで、より理解が深まり、おいしさも増してきます。京和菓子のお土産に添えて、多くの人に語り伝えたいと思いました。
■ 老松 嵐山店
京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町20
075-881-9033
販売9:00~17:00 茶房9:30~17:00(L.O16:30)
不定休