人差し指を立てるお馴染みのポーズと「ビズリーチ!」の決め文句。幾度となく目にするテレビCMは、会社からスカウトが届き、しかも「ハイクラス転職」をうたうインパクトのある内容だ。企業の採用担当者から候補者に直接スカウトが届く「ダイレクトリクルーティング」。かつてない斬新な発想で転職サイトを運営し、事業を拡大してきた。
開設は2009年。今や売り上げ約661億円、従業員数約1400人、登録者数は約270万人に達する。2022年に会社のかじ取りを任され「キャリアにとってなくてはならない存在にまで会社を昇華させたい」と話す酒井哲也社長に転職市場の今と未来を聞いた。
大学卒業後に就職した会社が"1年足らず"で倒産
―――どんな子ども時代を過ごしましたか?
父親からは「周りの人に迷惑をかけなければ、どのような選択をしてもいい。ただ責任は自分で取るように」と言われていたので、自分が「したい」と思えば、色々なことをさせてくれて、応援してもらっていました。学生時代は小学校から大学までバスケットボールに打ち込んでいたので、その記憶が強く残っています。
―――酒井さんも今までに転職を経験されているんですね?
2回経験しています。最初は、スポーツ関連のスタートアップに入社しました。スポーツやチームの権利を買ってきて、その権利をもとにグッズなどを作る仕事をしていました。スポーツが好きでスポーツに関連する仕事を始めたのが、社会人としてのスタートです。
―――それをずっと続けるという選択もありましたよね?
当然ながら新卒で入社した会社でずっと頑張りたいと思っていたのですが、入社して1年足らずで会社が民事再生法の適用を申請して、事実上、倒産してしまいました。入社する時はもちろん、そんなことになるなんて想像もしていなくて。会社が倒産した時は「つらい」と思うこともありましたが、今のこの役割や立場になり「倒産という経験も自分にとってかけがえのない財産」と思っています。その時から繋がっている仲間たちとは、いまだに会って話をします。波瀾万丈の社会人スタートでしたが、自分にとっては良い経験だったと思います。
「転職はどうですか?」結婚披露宴の席で創業者からスカウト
―――次の就職先は?
次の就職先は人材関連の仕事で、11年ほど働きました。もちろん、この仕事もずっと続ける前提でした。しかしある日、一緒に働くメンバーの結婚式に新郎側の主賓として参列したんです。すると、ビズリーチの創業者で、現在はグループを束ねる会社「Visional」の社長である南(壮一郎さん)が新婦側の主賓として参列していたんです。そこでの出会いが、今の会社に繋がる最初の接点です。
―――でも、挨拶を交わすくらいですよね。結婚式の場でお互い主賓同士ですと。
お互いの主賓挨拶が終わるとすぐに南が隣に来て、「酒井さん、転職はどうですか?」と、それくらいストレートな挨拶を受けました。正直、「こういう人とはうまくやっていけないかも」というのが、最初の印象でした。ただ、私もそうですし、南も前職はスポーツ関連の仕事をやっていたということもあって、そこから共通の話題としてスポーツの話をしたりして。1年、2年くらいですかね、話をしているうちにあれよ、あれよと...。
「ひとりひとりが自分より優秀な人をスカウトすれば、会社はどんどん良くなる」
―――南さんに見込まれて入社された?
見込まれていたかはわかりませんが、その時のご縁がきっかけとなって入社しました。南は「いつ、どこを歩いていても全員が社員の候補者だと思うくらいの気持ちで感度を立てている」って言っていますね。
―――酒井さんも同じですか?
そうですね。私も週に何人かとは会うことを自分に課しています。これは、ビズリーチに根付いている考え方なのですが、「ひとりひとりが自分より優秀な人を連れてくれば、会社は今以上に良くなる」というものです。本当にシンプルで、当たり前ですよね。自分より優秀だと思う人をひとりひとりが口説いてくれば、会社はどんどん大きくなっていく。優秀な人を口説けるぐらい、社員ひとりひとりが魅力だけでなく課題も含めて会社を理解できていることを大事にしています。
―――ビズリーチに入ってから一番の転機は?
一番の転機は、今のポジション、社長に就くというタイミングだったと思います。前任の社長である多田の急逝によりバトンを受け継ぎました。自分自身が社長になるとは本当に1ミリも思っていなくて。ただ、当時、私は副社長でしたので、社長に何かあった時には代わって対応するのが務め、役割だと思っていたので迷いはなかったです。
コロナ禍で社長就任「ピンチをチャンスとして楽しむ姿勢は強いタイプかもしれない」
―――社長になったタイミングがちょうどコロナ禍でした。
リーマンショックに続き、コロナ禍は景気にとても大きな影響を与える出来事でした。その中で「自分にうまく会社のかじ取りができるか」という思いも含め、ピンチだったのかもしれません。ただ、最初に勤めた会社が倒産するという経験があったからこそ、何が起こってもポジティブに捉えることのできる自信がありました。むしろ考え方によっては、周りがピンチだと思って躊躇しているのなら、その時こそ一歩先に踏み出せばチャンスに変わるかもしれないと。意識的に思考の切り替えはしていましたし、私自身、ピンチをチャンスとして楽しむ姿勢は強いタイプかもしれないです。
―――コロナ禍で採用活動は変わりましたか?
デジタル化が加速しましたし、もっと言えば、「人の重要性」がいたるところで叫ばれるようになったことで採用ニーズそのものが高まって、企業が安定的に採用し続ける状況になったと思います。個人にとっても、転職を良し悪しでとらえるのではなく、自分自身がもっと生き生きと働ける場所を求めて職を変えるという考え方が一般化したと思います。
会社の強みはチームとしての『団結力』と『パフォーマンス力』
―――会社の強みはなんでしょう?
ビジネスモデルも強みの1つですが、それ以上に会社全体でのチームとしての団結力、チームとしてのパフォーマンス力が強みだと思っていますし、これからも高めていきたいと思っています。労働人口が減っていく中で、日本の生産性をどう高めていくかが議論になっていますが、ひとりひとりが生産性高く働けている状態には、生き生きと働けているかや楽しんで働けているかが、とても重要だと捉えています。自分自身が意思を持ってキャリアを決めていくこと自体が、覚悟を持って働き、生き生きと働くことにつながっていくので。だからこそ、会社のチーム力を高めると同時に、社会に対しキャリアの選択肢と可能性を提供し続けることにこだわりを持ちたいです。
―――関西経済にはどんな期待がありますか?
首都圏で進んでいる人材の流動化が関西や地方にももっと広がらないと、結果的に日本全体の生産性は上がらないと思っています。私たちが進めている「ダイレクトリクルーティング」が、関西マーケットでどれだけ浸透しているかが、次の地方におけるバロメーターになると思います。地方にはその会社ならではの技術を持った企業様がたくさんありますので、「待ちの採用」ではなく、自社の魅力を候補者に届けるために「自ら積極的に、能動的に攻めの採用ができているか」が、採用成功の鍵になります。労働力人口の減少にともない採用がどんどん難しくなっていることに対して、私たちは企業の皆様が自社の採用力を向上するためのお手伝いをしていきます。
現時点で想像できないくらい"楽しい未来"を作れたら
―――経営者として描く夢は?
「未来が、今は想像もできないようなものになっていればいいな」と考えています。決めた目標に向かっていくのはとても大事なことですが、例えば直近でいうと生成AIがどんどん世の中を変えていますよね。何十年も前から、生成AIが出て来て今のような状況になるということを想像するのは難しい。だからこそ、変わり続ける世の中に対して、私たちビズリーチも変わり続けることで、現時点では想像できないくらい楽しい未来をつくれていたら素敵なんじゃないかと思います。
―――最後に、酒井社長にとって「リーダー」とは?
私が思い描くリーダー像は、誰よりも好奇心を持ち続ける人。それが、リーダーだと思います。「こんなことやりたい」「こんなことにチャレンジしたい」と、リーダーが誰よりも率先してチャレンジを続けることは、とても大事だと思っています。私自身も好奇心を持ち続ける人でいたいと思います。
■ビズリーチ 2009年に南壮一郎氏(現Visional社長)が創業、インターネットを活用したさまざまなHRTech事業を手掛ける。
■酒井哲也 1980年福島市で2人兄弟の長男として生まれる。2003年慶応義塾大学商学部を卒業し、スポーツライセンス事業を展開するベンチャー企業に就職するが、入社1年目の年に経営破綻。以降、人材派遣会社を経て、2015年に今の会社に。事業本部長などを経て2022年7月代表取締役社長。
※このインタビュー記事は、毎月第2日曜日のあさ5時30分から放送している『ザ・リーダー』をもとに再構成しました。『ザ・リーダー』は、毎回ひとりのリーダーに焦点をあて、その人間像をインタビューや映像で描きだすドキュメンタリー番組です。
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