Vol.56 甲子園で試合ができることに感謝するぞ!

マニアックでメカニカルそしてMBS的なMなスポーツ

2022/04/19 11:17

「辞退された京都国際高校の無念を思うと、心が痛まずにいられない。」
第94回センバツ高校野球大会開幕予定日の前日、急遽、出場の打診をうけた滋賀・近江高校野球部・多賀章仁監督は、こう答えた。そして選手たちに、
「京都国際さんの思いも背負って頑張ろう。誰かのためにという想いが力を与えてくれる。甲子園で試合ができることに感謝するぞ!」
と声をかけた。出場決定からわずか3日後、聖地・甲子園に姿を現した近江高校は、言葉どおりに、周りの人々を感動の渦に巻き込んでいく。

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 「辞退された京都国際高校の無念を思うと、心が痛まずにいられない。」
3月17日、第94回センバツ高校野球大会開幕予定日の前日、急遽、出場の打診をうけた滋賀・近江高校野球部・多賀章仁監督は、こう答えた。そして選手たちに、「京都国際さんの思いも背負って頑張ろう。誰かのためにという想いが力を与えてくれる。甲子園で試合ができることに感謝するぞ!」と声をかけた。出場決定からわずか3日後、聖地・甲子園に姿を現した近江高校は、言葉どおりに、周りの人々を感動の渦に巻き込んでいく。

 1回戦、長崎日大高校相手に、手に汗握る大熱戦。9回2アウト、あとひとりで敗戦という場面から同点に追いつくと、昨秋は、けがのために一度もマウンドに立てなかったエースの山田陽翔(はると)投手が、165球の激投。延長に入ってから幾度となく訪れたサヨナラ負けのピンチを、グラウンド上の選手は勿論、ベンチ、アルプス、まさに球場が一体になった戦いぶりでしのいでいく。そして延長13回、その山田選手のタイムリーヒットで勝ち越し、タイブレークにもつれ込んだ激闘を、ついにものにする。

 「京都国際高校の思いも背負って投げ切ることができました。甲子園が力をかしてくれました。」と山田選手も語った劇的勝利。この勝利で、投打とも勢いに乗った近江高校は、続く2回戦で、福島・聖光学院を撃破すると、準々決勝では、昨年の近畿大会で敗れた金光大阪を、終盤に突き放して雪辱。滋賀県勢として、選抜大会初のベスト4進出をはたした。
迎えた準決勝。相手は、センバツ優勝経験もある関東の雄、浦和学院。昨年、名将である父の森士(おさむ)監督から、チームを引き継いだ森大(だい)新監督のもと、豊富な投手陣と圧倒的な攻撃力で、ここまで勝ち上がってきた。

 この試合まで本塁打4本、強力浦和学院打線に対して、近江は、この試合も、エース山田陽翔投手が先発。序盤から粘り強い投球で互角の展開に持ち込んでいく。そんな山田選手をアクシデントが襲ったのが5回裏。浦和学院・芳野大輝投手の投球が、バッターボックスの山田選手の左足首を直撃。その場にうずくまる山田選手。治療の為、臨時代走が送られてベンチ裏にさがったとき、見守っていた誰もが、この大会を、一人で投げぬいてきたエースの降板を覚悟した。

 しかし、次の回、山田投手は、足をひきづりながらも、当然のようにマウンドに上がっていく。痛みが走る左足を気にしながらも、大観衆の応援を背に、小気味いい、時には力強い投球で、次々と浦和学院の打者を凡退に打ち取っていく。なかなか、攻略の糸口を見つけられない浦和学院。そこで7回、先頭の三宅流架選手が、セーフティーバントを試みる。この場面で、森監督が三宅選手を呼び寄せた。相手の弱点やスキを突くのが野球のセオリーだが、やっていい攻撃とやってはいけない攻めがある。脚を負傷している山田選手を意図的に走らせるような攻撃はするなと注意を与えたのだ。

 この指導をネット裏で観戦していた、元横浜高校野球部監督・渡辺元智氏が、こう語る
「高校野球は、勝負の世界だが、教育の一環でもある。勝つことも大事だが、何よりも大切なのは、人を育てること。だからこそ、森監督の指導は、正しいと思う。」
隣で観戦していた父であり、師匠でもある森士・浦和学院前監督も、思わずうなずいた。

 試合は延長11回、山田投手の170球、渾身の力投を、目の前で受け続けて来たキャッチャーの大橋大翔選手が野球人生ではじめてのさく越えホームランを放ち、近江がサヨナラ勝ち。勝った近江は勿論、ネット裏に引き揚げる山田選手が目の前を通り過ぎるとき、謝罪の言葉を投げかけていた浦和学院にも、会場から暖かい拍手が送られた。

 以前、春夏連覇を果たした沖縄・興南高校野球部・我喜屋優監督に聞いたことがある。
「チームが強くなる秘訣な何ですか?」
「うまい選手が集まっただけでは、チームは決して強くならない。一番大切なのは、人として成長すること。人間として成長することが、チームを強くすることにつながる。」と教えていただいた。

 選手としても、人間としても大きな成長を見せてくれた近江高校や浦和学院野球部の面々、圧巻の強さで優勝しても、対戦相手へのリスペクト、周囲の人々への感謝の気持ちを決して忘れなかった大阪桐蔭の振る舞い。高校野球が、"なぜ"これほどまでに愛されるのか、我々をひきつけて止まないのか。その理由を、垣間見ることができた今回のセンバツ大会だった。

毎日放送 制作スポーツ局 エキスパート 宮前 徳弘

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