「忠犬ハチ公と“うり二つ”だ…違うのは耳くらいかな」秋田犬の専門家がそう語るのは、ウクライナ・キーウ州のマカリウで人がいなくなった民家の玄関にたたずむ一頭の秋田犬だ。名前は「リニ」と言い、地元紙の報道によると、飼い主の女性はロシア軍に殺害されたのだという。

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 以来、1か月にわたって「リニ」は飼い主の帰りを待ち続けいつしかマカリウの「ハチ公」と報道されるようになった。耳はピョンと立っており、確かにハチ公の垂れた左耳とは違うが、痩せたからだと、疲れた感じの毛並みに加え、亡き飼い主を待ち続ける姿は「ハチ公」を彷彿とさせ、人々の涙を誘った。

ウクライナでは「うちの犬の系譜」が一番多い
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 そのウクライナに多くの秋田犬を届けてきたブリーダーが神奈川県・厚木市にいる。白井孝児さんと夕起子さん夫婦で、2009年以降、ウクライナ東部のドニプロに住むウクライナ人ブリーダーの求めに応じて、秋田犬を送り続けてきた。
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 2012年に送った「煌輝」(こうき)と名付けられた秋田犬の写真をみると、素人でもその"毛並みの良さ"がわかる。白井さんの犬舎をのぞくと、自慢の秋田犬が多数飼育されており、もし平時ならウクライナやヨーロッパなどに送られた犬もいたに違いない。これまでにウクライナへ渡った白井さんの秋田犬は20頭を超えると言い、現地での繁殖も考慮すると、その血統の秋田犬は相当な数になっているはずだ。

 世界中で報道されている、あのマカリウの「リニ」はこの犬舎の系統なのかと聞いてみると、白井孝児さんは次のように答えた。

 (白井孝児さん)
  「なんかね、そう思えるのだが、間違えたら困りますから‥私(の犬舎)からいっている数が、系譜としては(ウクライナで)一番多いはずです」

 改めて「リニ」の動画を見てもらうと、2人の顔は険しさを増し、目には涙がにじんだ。

 (白井孝児さん)
 「きのうもずっと見ていたのですよ‥もう見ていられない。誰か飼ってくれる人がいないものかと」

 (白井夕起子さん)
 「主人はできることなら引き取りたいと...引き取ってあげたいなという話をしていたのです」

飼い主に大事に育てられたリニ...「爪」と「胴輪」に注目
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 白井さん夫婦によると、リニは大事に育てられたという。2人がまず注目したのは「爪」であまり伸びていないことから、リニはかなりの運動、つまり散歩などをしていたことがわかる。さらに首輪でなく「胴輪(ハーネス)」が装着されているのは、犬の負担を軽くするためで、これらの状況だけを見ても、リニは亡くなった飼い主に大事に育てられたと話した。秋田犬は飼い主への「忠誠心」が強く、誰にでも尻尾をふることがない分、納得するまで、家を離れることはないのだという。それは「家族」として扱われた秋田犬にとって自然なこと。「リニ」の額に刻まれた秋田犬特有の「縦溝」は、それを雄弁に物語る。

 一方で、ウクライナを侵略したロシアのプーチン大統領に、白井さんは不快感を露わにした。

 (白井孝児さん)
 「だいたいね、プーチン自身が秋田犬を飼っていますから。それを、こんなことやるなんて考えられないですね。本当だったら、プーチンには私の犬をやるところだったんですよ」
 「(Qやらなくてよかった?)よかったですね。もう本当にそう」

 白井さん夫婦は最後に「リニ」について、こう述べた。

 (白井夕起子さん)
 「戦火が及ばない限りはちゃんと保護されて、そういう施設なり、新しい飼い主のところに行けると信じている」

新しい飼い主に引き取られた秋田犬「リニ」
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 その2人の願いが通じたのか...この取材後に更新されたヘラシチェンコ内相顧問のSNSには、赤い服を着た「リニ」の姿が...。新しい飼い主に引き取られたのだという。白井さんに改めて連絡すると次のように喜びを口にした。

 (白井夕起子さん)
 「飼い主が見つかり、この上なくうれしく、安心した。お利口さんだから、早く新しい飼い主になついて欲しい」

 主を亡くした秋田犬「リニ」に、やさしい手を差し伸べたウクライナの人々。戦火の止まない地からもたらされた心温まるニュースに、しばし心が震えた。

 毎日放送報道情報局 解説委員 三澤肇