2022年3月、ある男が生活保護費を不正受給した疑いで逮捕、詐欺の罪で起訴された。大阪地裁で傍聴を続けると、不正受給の犯行に至った背景に、34年前に起きた「ダイナマイト爆殺事件」が絡んでいたというのだ。81歳の男の恨みと無念を、司法記者がたどった。

生活保護費詐取した罪に問われた男「過去の変な事件無かったら、こんなことはしていない」
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「過去の変な事件が無かったら、こんなことはしていません」

 男は大阪地裁の法廷で声を張り上げた。

 水谷歌二受刑者(81)。起訴状などによると、水谷受刑者は和歌山市内のタクシー会社で運転手として収入を得ていながら、大阪市に住民票を置き、2016年1月から2020年9月までのおよそ4年8か月間、生活保護費計約657万円をだまし取った詐欺の罪に問われていた。

 警察に逮捕されたのは2022年3月。きっかけは「内容が悪質」だとして大阪市から警察に告訴されたからだという。生活保護制度について何度も取材する機会があった私は、市が告訴するほど『内容が悪質』な事件というのは、どういうものなのかが知りたくなり、法廷に足を運んだ。

 5月12日の初公判。起訴状の内容について水谷被告は「間違っているところはありません」と認めた。裁判の冒頭、検察側から「金欲しさから事実を秘した」との指摘があった。ただタクシー運転手の稼ぎでは足りないほど生活に困窮していたとしても、被告の悪質性がいまひとつぼんやりしたままだった。のちの被告人質問で、水谷受刑者の犯行動機と数奇な半生を知ることとなった。

34年前"ダイナマイト爆殺事件"の犯人に疑われた

 (弁護人)
 「タクシー運転手であれば、月給は実質15万円くらいで、十分生活できたのではないですか?」
 (水谷受刑者)
 「国にはひどい目にあったんや。私は昭和63年の年末に殺人事件に巻き込まれた。10日ほどして釈放されたが、マスコミが押しかけてきて家にも住めなくなった」

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 水谷受刑者はたしかに、殺人事件に巻き込まれていた。それも「容疑者」と疑われる立場で――。

 それは1988年10月25日の夜のこと。愛媛県松山市の住宅街にあるタクシー会社の社長宅で、止めてあった車のボンネットに紙箱が置かれていた。社長が家の中に箱を持ち帰り、手渡された社長の姪が箱の端から出ていた紙を引っ張ったところ、突然爆発。ダイナマイトが仕掛けられていたのだ。社長の姪は死亡、社長と家族計4人が重軽傷を負った。

「ダイナマイト爆殺事件」と呼ばれたこの事件で、愛媛県警は捜査本部を設置し、犯人検挙に向けて捜査を開始。そして、被害社長の供述などから、水谷受刑者が被害社長と当時金銭トラブルになっていた事実をつかむ。被害社長に危害を加える動機があるのではないか。水谷受刑者が捜査線上に浮かんだ瞬間だった。

13日間に及ぶ"別件"での逮捕 
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 いっぽう警察は「爆殺事件」とは関係のない民事裁判で、水谷受刑者が偽の借用証書を証拠として提出していた疑いがあることをつかんだ。そして「爆殺事件」から約2か月後の12月19日、警察は有印私文書偽造などの疑いで水谷受刑者を逮捕し、報道機関に発表した。事件から2か月後に"重要参考人"である水谷受刑者が別の容疑で逮捕されたとなると、爆殺事件と関連しているのではないか――。記者たちの質問に、警察は「爆殺事件とは関係ない」と繰り返し否定はしたという。

 しかし、その後「爆殺事件」に関する取り調べやポリグラフ検査(ウソ発見器)が逮捕後も行われたことが明らかとなっている。水谷受刑者自身も、「ポリグラフ検査を拒むと、警察から『お前が犯人でないというなら検査を受けろ、犯人なら受けんでええ』と言われ、こんな言い方をされたら受けなあかんでしょう」と当時を振り返っている。警察から「爆殺事件」の"容疑者の1人"と考えられていたことがうかがえる。

突然の釈放で疑い晴れるも...
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 逮捕から13日目。1988年の大晦日、水谷受刑者は突如釈放。自宅には多くの報道陣が詰めかけた。居合わせた記者からは「早く自首して死んだ人を成仏させてあげたらどうですか」「犯人はあなたしかありません」などと問い詰められたという。

 水谷受刑者はその後、有印私文書偽造などの罪で懲役1年6か月、執行猶予3年の判決が言い渡され、確定した。

 ところが、「爆殺事件」から半年後、なんと被害者の経営するタクシー会社に勤務していた別の男が真犯人だとして逮捕された。男は1993年に無期懲役の判決が言い渡されて確定。水谷受刑者が「爆殺事件」を起こしたという疑いは完全に晴れた形となった。これを受けて1991年、水谷受刑者は、「有印私文書偽造罪などでの逮捕は不当だった」として、警察を管轄する愛媛県などを相手取り、計2100万円の損害賠償を求める訴えを起こしたが「違法な別件逮捕とはいえない」として退けられた。

 「ダイナマイト爆殺事件」の疑いは晴れた。しかし水谷受刑者は34年後の法廷で「あれが人生の歯車を狂わせた」と積年の恨みを語ることになる。(後編に続く)