政令指定都市には設置が義務付けられている「児童自立支援施設」。親から虐待を受けて自宅で暮らせない児童や問題行動を繰り返す非行少年が寮生活を送りながら社会復帰できるよう学校教育が行われている施設です。大阪府堺市はこの施設の設置計画を作り土地も購入しましたが、市長が代わり計画が中断されることになりました。これに対して地元住民が計画の実施を求めて署名活動などを行っています。
元中学校教諭が施設の必要性を訴える
今年3月、堺市で一人で街頭に立ち声を上げる男性がいました。元中学校教諭の美佐田和之さんです。美佐田さんは堺市に児童自立支援施設が必要だと訴えています。
(街頭で声を上げる美佐田和之さん)
「子どもたちがどんどん追い詰められていく中で、その子どもたちを守り保護する、その施設がぜひとも必要なのです。この堺市内での虐待件数は(前年比で)31%も増えていました。毎年2000件の虐待の連絡が入っていました。ぜひとも1日も早く児童自立支援施設をつくってほしい」
当時の橋下徹知事が新設を求める
児童自立支援施設は、親から虐待を受けて自宅で暮らせない児童や問題行動を繰り返す非行少年が寮生活を送りながら、中学卒業時を目途に社会復帰できるよう学校教育が行われている場所です。
2011年、当時の橋下徹大阪府知事は、府が運営する児童自立支援施設を視察。職員らは「1人当たりの受け持ちが増えたため入所者に十分な対応ができない」と訴えていました。
(大阪府 橋下徹知事※当時 2011年)
「職員自身の志というか覚悟に委ねているところが大きいので、(職員数について)部局と考えなければいけないでしょうね」
児童自立支援施設は、児童福祉法で政令市には設置義務がありますが、橋下知事は堺市には施設がないと指摘し、当時の竹山修身堺市長に新設するように迫りました。
購入した土地は放置され「草ボーボー」
2019年に堺市がまとめた児童自立支援施設の基本計画には「施設入所による自立支援が必要であると判断されていても、すぐには入所できない状況が発生していることから、支援施設の設置が急がれています」と書かれています。基本計画によりますと、事業費は約35億円で、今年から建設工事が始まることになっていました。
堺市は2018年に約6万4000平方メートルの土地を6億円以上で購入。校舎・体育館・学生寮などを建設し、小学校の高学年から中学生までを対象に受け入れるはずでした。
(美佐田和之さん)
「建設計画は、2019年に設計予算までつけたんですが、結局、公募することもなく中断されてしまいましたので、それ以降は全く進んでいない。草ボーボーの荒れ地のまま2年間放置されているという状態ですね。『ええかげんにせえよ』と怒りの方が先に立っちゃうんです」
コストなどの問題で市長が当選2か月後に計画を中断させる
一体なぜ児童自立支援施設の計画がとん挫したのか。今年3月、堺市議会でこの問題が議題に上がりました。
【今年3月の堺市議会】
(堺創志会 渕上猛志市議)
「当時の橋下府知事に堺でつくれと言われ、そして全会一致で建設用地が取得されたものです。しかしそれが議会との協議もなく、あっさりとその計画を中断して、おかしくないですか?」
(堺市 永藤英機市長)
「職員を80人程度確保しなければいけない。『その確保は容易なんですか?』と聞いたところ、非常に難しいと。もう1つは費用です。堺市でつくる場合、土地を除いて約35億円の建設費用がかかります。そして運営費用は約5.5億円かかります。これは毎年毎年5.5億円がかかる」
永藤市長は2019年に当選した2か月後に設置計画を中断させ、コストなどの問題からこれまでと同様に“府が運営する施設へ児童の受け入れ依頼を継続する”と突如打ち出したのです。
児童自立支援施設の存在意義は
大阪には児童自立支援施設が2つあり、その1つ阿武山学園は大阪市が運営しています。現在は児童約30人が寮で共同生活を送っていて、堺市の児童も2人受け入れています。支援施設には小中学校も併設されています。
(阿武山学園 林功三園長)
「学力が定着していない子どもが多いですので、少人数のクラス編成で大体1クラス12人ぐらい」
人間関係を作るために、放課後には部活動があり、さらに実体験から学ぶため野菜の栽培なども行われています。
(阿武山学園 林功三園長)
「こういう施設の存在意義としては、家庭でハンディキャップを背負ってしまっているという子どもの場合については、すごく自分のことを見てもらっているというか愛されていると言いますか、そういうことを阿部山学園の中で少しでも感じることができるということがとても大事だと思っています」
“行き場を失う子ども”が出てくる可能性も
児童自立支援施設の入所対象者は虐待を受けていた児童や非行少年です。とりわけ堺市では生徒1万人あたりの「非行相談件数」が全国の政令市の中で大阪市に次いで2番目に多く、入所人数は4番目に多くなっています。
堺市に住むAさんは、息子が中学生の時に加害行為などを繰り返していて、息子を児童自立支援施設に入所させようと考えました。
(Aさん)
「(空きがないため)『もしかすると東海地方の施設になるかもしれません、定かではありませんが…』ということを(担当者から)おっしゃっていただいたときに、ものすごく堺市の子どもたちってこういう状況になった時に、こんなに行き場のないものかと思って。それは本当にあぜんとしました」
Aさんの息子は最終的に大阪府内の支援施設に入所できたものの、施設の必要性についてこう訴えています。
(Aさん)
「本当に(府内に)2か所で行き場を失う子がいないのであれば2か所で十分だと思うんです。でも、実際の経験を通して、行き場を失いかけたという状況を思うと、3つ目の必要な施設なんじゃないのかなとは思います」
堺市「今後も事務委託を継続。土地の活用方法は未定」
6億円で土地を購入するなど一旦は計画を進めた堺市。今後、計画はどうなっていくのかを市に聞きました。
(堺市児童自立支援施設整備室 本村豊治室次長)
「(児童福祉法による)設置義務というのはなくなっておりません。設置をしない場合の手法として、事務委託というものができるということになっておりますので、堺市は事務委託をしている。今現在もしていますし、今後も大阪府の方へ事務委託を継続する。(施設の計画は)しかるべき時期に最終的には中止になるかと。購入した土地に関しましては、まだどういうふうに活用するかということは決まっておりません。それは中止をした後に、庁内的に考えていかないといけないと考えております」
市のトップの方針で突如設置が見送られた児童自立支援施設。難しい子育てを強いられる家庭にそのしわ寄せがいくことは避けなければなりません。
児童福祉に詳しい立命館大学人間科学研究科の野田正人特任教授は「全国の20市ある政令市のうち、自前で施設を持っているのは大阪市・神戸市・横浜市・名古屋市の4つのみ。設置義務があるので、言葉はきついが、ほかの市はさぼっているという評価になる。社会にニーズはある。支援に力を入れるつもりがあるか首長の責任が問われる」とコメントしています。