児童が1人の江住小学校(和歌山県すさみ町)。校庭での運動も、教室での授業も子どもは1人だけ。この小学校が今年3月、150年の歴史に幕を下ろしました。その最後の日までを取材しました。

授業はマンツーマン 給食や昼休みも先生と一緒に

 和歌山県すさみ町。のどかな田舎町に江住小学校はあります。教室には女の子が1人。3年生の山形光(あきら)ちゃん、9歳です。光ちゃんはこの学校で唯一の児童です。

 担任の武藤先生が声をかけます。

 (武藤先生)「光さん、朝マラソン」
 (光ちゃん)「嫌だ…」
 (武藤先生)「知ってるよ。嫌だけどやるしかない」
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 光ちゃんの1日は学校で代々続く「朝マラソン」から始まります。

 (武藤先生)「いいよ、そのペース!」

 一緒に走る友達はいませんが、武藤先生がその代わりを務めます。

 (武藤先生)「6分27秒」

 毎日、マンツーマン授業です。江住小学校には武藤先生や学校長、英語のジョー先生がいて、一緒に遊び、学びながら光ちゃんを支えています。

 (ジョー先生)「What’s your name?(あなたの名前は?)」
  (光ちゃん)「I’m AKIRA(私はあきらです)」
 (ジョー先生)「Very Good!(素晴らしい)」
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 給食の時間。毎日の準備はもう慣れたものです。先生たちと給食を食べた後は、お待ちかねの昼休み。一緒に遊ぶ友達はいませんが、先生たちとかくれんぼをしたりして楽しく過ごしています。

学校長「社会性をどうやって高めるかが一番の課題だった」

 明治6年(1873年)に開校した江住小学校。多い時には350人近い児童が在籍しましたが、少子化などの影響でここ数年は全校児童が30人に満たない時期が続きました。
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 光ちゃんにも3人の同級生がいましたが、校区外入学が認められてから、人数の多い町内の周参見小学校に転校していき、2年前には光ちゃん1人となり閉校が決まりました。
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 学校長は1人学校の難しさをこう振り返ります。

 (江住小学校 山口仁美校長)
 「子どもの学力とか持っている力を伸ばすことはこの学校でもできると思うんですが、できないことは社会性やコミュニケーション能力、同じ年代の子どもとの触れ合いや活動がない分、社会性を高めることをどうやっていくかということが一番課題でした」

 その課題を解消するため、光ちゃんは周参見小学校で交流学習をしています。移動中は武藤先生と2人で、いろんな話をします。

 (光ちゃん)「武藤先生はジョー先生のことをどう思ってる?」
 (武藤先生)「どう思ってるって、どういうこと?」
 (光ちゃん)「私はいい人だなって思ってる。ここだけの話だけど…好き!」
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 4月から周参見小学校に転入する光ちゃんが溶け込みやすいよう、週に2回授業に参加していて、友達もできました。

 (周参見小学校の児童)
 「(Q光ちゃんがクラスにくることは?)うれしい。友達が増えてしゃべれる人も多くなるから。たぶん仲良くできると思います」

転入に対する母親の思い「どう変わっていくかが楽しみ」

 交流学習を終えて家に帰ってきた光ちゃん。今は、両親と3人で暮らしています。
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 母親の直美さん(43)は卒業まで江住小学校に通わせたかったといいます。その理由について次のように話しました。

 (山形直美さん)
 「津波に対する恐怖心がどうしても…周参見小学校の海抜が低いという理由が一番にあるんですね。保育所全体でも7人とか、そんな中でしか生活したことがなかったので、逆に大人数に対する耐性がなかった。私らは安全面、光は人が多いというところに対するストレスがあったので、そこが合致した感じですね。今後は心配というよりはどう変わっていくかが楽しみですね」

最後の保護者参観ではリコーダー演奏を披露

 閉校まで残り2週間。光ちゃんが江住小学校を去る日が近づいていました。3月15日、学校では最後の保護者参観が行われました。
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 リコーダーを吹き、日ごろの成果をお母さんに発表します。

 (山形直美さん)
 「人前でしゃべるのが苦手やったから、参観日とかもちゃんと挨拶ができなかったりとかもあったけど、きょうはちゃんとできていたし、読めていたし満足です。すごく成長を感じました」

修了の日 児童がいなくなった江住小学校

 そして、3月24日、迎えた修了の日。

 (武藤先生)「修了証書授与。第三学年修了、女子1名、計1名、代表・山形光」
 (光ちゃん)「はい」
  (学校長)「第三学年の課程を修了したことを証します。おめでとう」
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 まだ実感がわかない様子の光ちゃんでしたが…。

 (Q先生たちのことをどう思っている?)
 (武藤先生)「うるさい先生とさよならできてうれしいと思っていますか?」
 (光ちゃん)「そんなわけない…」
 (武藤先生)「じゃあ、寂しいと思ってくれているんですか?」
 (光ちゃん)「(うなずく)」

 やっぱり寂しいようです。
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 (学校長)「光ちゃん、さようなら!」

 ついに、江住小学校から子どもの姿がなくなりました。

200人が集まった閉校式典…50年以上前の卒業生も

 2日後の3月26日、校舎は卒業生や地元の人で賑わっていました。閉校するにあたって式典が開催されることになり、約200人が集まったのです。
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 (卒業生 昭和46年卒)
 「(私たちは)同級生です。50年ぶり。寂しいものが募るけど、時代の流れで仕方がないかなと…」
 
 (江住小学校で過去に勤務した教師)
 「私は6年間くらい勤めた。働きはじめの学校で、思い出もすごくいっぱいあるのでやっぱり寂しいなあという気持ちはありますね」
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 校歌や『ふるさと』の合唱が行われた後、江住小学校を代表して光ちゃんが心を込めて感謝の気持ちを伝えます。

 (江住小学校・児童代表 山形光ちゃん)
 「150年続いた江住小学校ときょうでお別れです。ここには江住小学校に通ったみんなの思い出がたくさんつまっています。お日さまの光できらきら輝く海が見える江住小学校に通ったことは、私の自慢です。そんな江住小学校とお別れするのはとっても寂しいです。でもここで頑張ることができたから、きっと周参見小学校でも頑張ることができると思います。ありがとう江住小学校、さようなら江住小学校」
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 150年という長きにわたり、子どもたちを見守り続けた江住小学校。これからもみんなの心の中に、“ふるさと”として残り続けることでしょう。