1200年の歴史を誇る祭りにかける男に密着取材しました。神輿を使った祭りの起源とも言われている滋賀県大津市にある日吉大社の「山王祭」。“天下の勇祭”とも呼ばれる男たちの勇敢な祭りです。その中で松明の炎を頼りに神輿が山を駆け降りる『午の神事』で、一生に一度の大役を担った男の姿をご覧ください。
一生に一度の大役『神事の鼻』とは?
3月5日、山王祭の初日、1か月半にも渡る長い祭りの始まりを迎えた石本幸伸さん、46歳。
(石本幸伸さん)
「『神事(じんじ)の鼻』をさせてもらいます。鼻は一番前ってことです」
石本さんが担うのはその名も「神事の鼻」。重さ1トンの神輿を担いで山を下るとき、その先頭を肩車に乗って引っ張る役割です。
その様子は江戸時代の屏風にも描かれるなど、1200年の歴史を持つ祭りのまさしく主役なのです。
(石本幸伸さん)
「神事の鼻は一生に1回です。やっぱり目指していたところですよね。やっとさせてもらえるというか。皆に推していただいて」
祭りはその神輿を山に上げるところから始まります。しかし山の高さは約800m。傾斜はなんと最大45度で、石がゴロゴロ転がる荒れた山道が続きます。『午の神事』では、昼間に登るのも一苦労なこの山を、暗闇の中で神輿を担いで下らなければなりません。
(石本幸伸さん)
「危ないと思います。本当に危険な祭りなので。夜は視界が悪いと思います。坂で落ちる人もいますしね」
「独立して一番良かったのは祭りに出られること」
そんな石本さん、普段はというと…。
(石本幸伸さん)
「バイク店です。ハーレーダビッドソンのバイク店ですね。神輿を担いだら人間が変わりますけど普段はこんな感じですね。(Qバイクに乗ったら性格が変わる?)それもないですね。安全運転が大事なので」
祭りとは打って変わり、1人で黙々と作業。とはいえ、この店を始めた理由も…。
(石本幸伸さん)
「バイク店を独立して一番良かったのは祭りに出られることですね。それまでは会社に勤めていたんで祭りに出られなかった」
父や弟も過去に『神事の鼻』を務めた祭り一家
現在46歳の石本さんですが、実は36歳から祭りに参加した、いわばオールドルーキー。神事の鼻は20代で務めるのがほとんどですが、あまりの祭りへの熱に例外が認められたのです。そこまで祭りにこだわる理由はというと、石本家は父・幸重さんに弟の洋治さんも神事の鼻を務めた祭り一家。石本さんにも祭りの血が流れていたというわけです。
(石本幸伸さん)「これはおやじの神事の鼻の時の写真です」
(弟・剛志さん)「生活の一部」
(弟・洋治さん)「毎日階段を上がればある」
(父親・石本幸重さん)「(Q写真は何年前?)50年近く前になるかな。22、23歳やったと思う。息子が神事の鼻をするのは、そらうれしいですよ。見てたんやろな、小さいときから」
石本幸伸さんは体重90kg…肩車に備えて『減量生活』
兄の晴れ舞台を支えたいと、弟が肩車の重要な役割を担うことになりましたが、ある心配も。
(幸伸さんの弟 石本洋治さん)
「ちょっと重たいと思うけど…。祭りが始まれば気合いが入るやろうし、気合いで乗り切るしかないですね」
肩車には少し辛そうな90kgの体重。解決に向け、ある手を打っていました。
(石本幸伸さん)
「(Qきょうのお食事は?)湯豆腐です。結構いろんな食べ方をしましたね、工夫して。例えば七味とかごまダレとかラー油を入れたりとか」
それはいたってシンプルな湯豆腐生活。妻の優子さんと共に年明けから食べ続け、はや4か月。目指すは10kgの減量です。
(幸伸さんの妻 優子さん)
「湯豆腐生活に付き合っています。面倒くさいんで一緒に食べています。頑張っているから、なんとかちょっとでも力になれればと」
若手から見た石本さん「背中を見て頑張りたい」
そんな中、祭りは様々な行事が進んでいきます。取材した日、神事の鼻であることを周囲に示す10mの松明が家に立ちました。
若手から見る石本さんは…。
(橋本雅治さん・23)
「カッコイイです。スイッチ入るんで」
(吉田悠人さん・23)
「やっぱりみんな目指すところは神事の鼻なのかなと思うので、今年、幸伸くんの背中を見て頑張りたいなと思います」
(石本幸伸さん)
「これからやったるでって感じですわ。気合い入りました」
コロナで3年間待ち続けた本番はもう目の前です。
『午の神事』当日…仲間たちが迎えに来て早くも…
4月12日、『午の神事』当日。ふんどし姿で走る男たち。
祭りの一日は川での禊から始まります。
午後5時。祭りの主役を仲間たちが迎えに来ると、早くも石本さんの目には涙が。
(周囲の人)「そんなもんやそんなもんや幸伸!気持ちわかるぞー!」
(石本幸伸さん)
「やばかったですね。言葉にならない感情が来ました。もう泣きませんけど…わからないですけど笑」
とはいえ、夢にまで見た「鼻」の景色に涙が止まりません。
石本さんを先頭にいよいよ神輿が動く
そして、すっかり暗くなった午後7時。
(石本幸伸さん)「よっしゃー!」
石本さんを先頭に男たちが山へと駆け上がります。
家族みなそれぞれが見守る中、ついに神輿が動きます。40人の駕輿丁(かよちょう)たちが担ぐ神輿を引っ張る石本さん。大きな声で鼓舞します。心配された肩車にもしっかり担がれながら順調に進んでいきます。
そして、多くの観客が待ち構える最後の見せ場に差し掛かろうとしたその時…。
(神輿を支える人たち)
「待て待て待て!鼻が倒れる!」
「こらえろ!踏ん張れ踏ん張れ踏ん張れ!」
ここまでの疲労からか神輿が倒れてしまいました。
それでも必死の鼓舞が通じたのか、無事に麓まで帰ってきた神輿。石本さんは見事、大役を全うしました。
(石本幸伸さん)
「いやもう必死のパッチで一瞬でしたね。想像してもあれはわからないですね。めっちゃ気持ちよかったです。こんなこと二度とないでしょうね」
一生に一度の神事の鼻。それは祭りを愛する男にだけ許されたプレゼントなのかもしれません。