“超高齢社会”といわれる日本。2023年に初めて75歳以上が2000万人を超え、65歳以上の人口の割合は今や世界一となっています。そんな日本で、高齢者の中でも「認知症」の人たちがどうしたらいきいきと暮らせるか。高齢者をサポートする「介護美容」という取り組みがあります。

『介護だけじゃ足りない部分もある』…高齢者向けの「美容」サービス

 大阪市平野区にある「グループホームオアシス平野」。入居者が受けているのは、フットマッサージやフェイシャルエステです。施設で生活をしている高齢者にとってはささやかな楽しみになっています。

 (入居者)「楽しみやで、こんなん見せるのも。人にこんなんしてもらって、見てみー?って言ったら、いやほんまやわーって言われるとな。全然違うで、気持ちが」
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 施術しているのは松平典子さん(41)。高齢者向けの美容サービスを提供する「ケアビューティスト」で、週1回、こちらのグループホームを訪れています。施術では会話も大切にしています。

  (入居者)「もう何もしなくていい...」
 (松平さん)「何もしなくていいの?最近しんどい?そんなことはないですか?大丈夫?」

 日によっては体調がすぐれない入居者もいます。
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 (松平典子さん)「体調の変化であるとか、そういったところで本人たちが必ず毎回やりたいかどうかは分からないので、その時の体調と本人の気持ちに寄り添うことは一番大事にしています」
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 松平さんは6年前から介護士として働いていますが、3年が経ったころに、介護保険が適用されるサービスの限界を感じたといいます。

 (松平典子さん)「外出したいけど誰かついてきてもらわないといけないとか、家の草むしりをしてほしいけど介護保険では適用されないとか。ちょっとした生活の中で漏れてしまうことっていうのがどうしてもでてくるんですよね。介護だけじゃ足りない部分もあるなっていうのを介護をしながら今度は目の当たりにして」
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 2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になるといわれ、2024年1月1日、認知症の人との共生を目指した法律が施行。一方で、2025年に必要となる介護職員は243万人と予測されていて、32万人以上不足する見通しです。

“介護と美容”で高齢者に寄り添う 人材育てる学校も

 “介護と美容”という切り口で人材を集めて育てようと、2018年に「介護美容研究所」が開校されました。現在では、東京や大阪など全国に5校あり、介護と美容それぞれの専門家から高齢者とのコミュニケーションや緩和ケア、加齢に伴う体の変化に対応するケアエステやメイクの技術などを3か月~1年かけて学びます。

 受講生は20代~60代の男女で職種も様々です。

 (受講生 40代)「子どもが小学生と保育園なので、子育てや家のことをしながら学校に来ています」
 (受講生 30代)「今はアルバイトしながら通っています。人に寄り添うお仕事がしたかったので、美容も好きなのでやってみたいと思って」
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 元美容師という経歴を生かし、松平さんも2022年に介護美容研究所を卒業。介護美容の現場に出ると、ある変化に気付いたといいます。

 (松平典子さん)「介護の仕事をしていて、『ありがとう』より『ごめんね』って言われる方が多い業界なんやなっていうのをすごく思ったんですね。介護の中で生活の下支えはできても、やっぱり『ありがとう。うれしかった』って言ってもらえるような、それぞれの方の希望に合わせて彩りみたいな、そのへんの違いが大きいかなって思いますね」

認知症の叔母に“昔のきれいだった頃”を思い出してほしい

 この日、松平さんがやって来たのは、朝川武子さん(89)の家。武子さんは20年前に夫を亡くしてから1人で暮らしていましたが、2017年ごろに認知症を発症。いまは介護ヘルパーや姪のしのぶさん(48)が生活のサポートをしています。
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 (松平さん)「今よかったら、手のトリートメントさせてもらって」
 (武子さん)「マッサージしてもらったことないよ、手」
 (松平さん)「今からしても大丈夫ですか?」
 (武子さん)「いや、いらん」

 初対面で緊張しているのか、初めはマッサージを拒んでいた武子さんでしたが、松平さんが施術を行うと…

 (武子さん)「うわーものすごく気持ちええわ…」
 (松平さん)「よかったです」

 次第に顔がほころんでいきます。すると…
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 (朝川武子さん)「私も美容師していたから、人の手のマッサージや顔のマッサージとかもよくしてた。してたけどな、長いことしてへんなーって思って。これしてもらって今思い出した」

 昔は地元で美容室や化粧品販売店を営んでいた武子さん。交通事故で右手をけがし、美容師は続けられなくなりましたが、姪のしのぶさんが七五三の際には着付けや髪の毛を結ってくれたといいます。
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 (しのぶさん)「髪の毛を日本髪に結ってもらって簪(かんざし)をつけて、七五三のお洋服を全部、事故で失った手でやってくれた。いつもかわいいの見つけたって言って買ってきてくれるのは叔母なので…」
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 仕事柄、オシャレにはこだわっていた武子さんですが、認知症を発症してからは外見にも徐々に変化が…

 (しのぶさん)「化粧品をつけなくなったっていうか、化粧品が減らなくなった。肌がカサカサになったって言っていて、化粧品つけてないからやでーって思うんですけど、言ってもだんだんと…」

 今回、少しでも昔を思い出すきっかけになればと、しのぶさんが介護美容のサービスを見つけて申し込みました。

久しぶりのメイク…鏡を見て『きれいになったで!』

 2回目の訪問となったこの日、久しぶりに化粧をしてみることに。

 (松平さん)「ちょっとだけ眉毛書いていいですか?」
 (武子さん)「え?化粧してくれんの?」
 (松平さん)「はい」
 
 (松平さん)「武子さん、口紅どんな色が好きですか?」
 (武子さん)「これ、だいたいこれ」

 チーク、アイシャドウ、口紅と、1つずつ武子さんの好みを確認しながら化粧をほどこしていきます。
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  (松平さん)「どうですか?」
  (武子さん)「えらいきれいやな」
  (松平さん)「きれいでしょ?」
  (武子さん)「うん、きれいになった。きれいになったでー!」
 (しのぶさん)「かわいいー!かわいい!」
  (武子さん)「べっぴん!」

 “懐かしい叔母”に再会して、しのぶさんの想いが溢れます。
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 (しのぶさん)「いいと思う、やっぱりきれい!うれしい…私のきれいな叔母さんやったから…。思い出したわ…。私のきれいな叔母さんやった。見た目をかまってあげることがなかったので、こうやってきれいにしてもらって、体とかをすごく大事にしてもらってる感じがしていて、すごくうれしかったです」

半年ぶりに化粧品店に…『何歳になってもお化粧は楽しい』

 約2週間後、2人は半年ぶりに“ある場所”に出かけました。

 (しのぶさん)「どこ行くか分かってる?」
  (武子さん)「えーっと…百貨店?」
 (しのぶさん)「正解!」

 以前は、月に1回は買いに来ていたという馴染みの化粧品店に向かいます。
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 (しのぶさん)「認知症がでちゃったんでなかなか来られなかった。空っぽの容器をずっと洗面台に並べているんですよ」

 介護美容をきっかけに、3年ぶりに化粧品を買うことにしました。長年愛用していた化粧品は武子さんの表情に彩りを添えただけでなく、昔の記憶にも光をあててくれたようです。
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  (武子さん)「うれしい、ありがとう!化粧品買うとうれしいもんな」
 (しのぶさん)「久しぶりに化粧品店に来たら、やっぱりいつもと同じような注文の仕方をしていたので、よかったと思いました。何歳になってもお化粧って楽しいし」
  (武子さん)「そうそう、お化粧するって言ったらうれしいよ」
 (しのぶさん)「ウキウキしますし、きれいな叔母さんからまたかわいいおばあちゃんになって、やっぱりこれからもできる限り大事にしたいなって思います」