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「一、虚構を公正敏速に報道し、評論は虚構的精神を持してその中正を期す」「一、常に寛容の心を忘れず、品位と責任を重んじ、虚構にして諷刺の風を尊ぶ」このような綱領を掲げ、ウソを通じて社会を風刺する「虚構新聞」が、本当に20周年を迎えてしまいました。

 滋賀県在住のUK氏が、2004年のエイプリルフールにはじめたというサイト。フェイクニュースや、生成AIなどが存在感を高めつつある“現実世界”に何を思うのか、直接話を聞きました。

エイプリルフール企画として『実際には起きていない嘘ニュース』を書いた

《画像 虚構新聞ウェブサイトより》

――2004年に『虚構新聞』を開設したキッカケは何だったのでしょうか?

UK氏:虚構新聞を立ち上げる前から、気になるニュースをピックアップして、記事のURLとともに紹介する個人のインターネットサイトを運営していました。この年のエイプリルフールに、企画として、『実際には起きていない嘘のニュース』を自分で書いて紹介したところ、読者の反応が良かったことから、エイプリルフール以外にも嘘のニュースを時折紹介するようになり、そこから独立させて誕生したのが「虚構新聞」です。

――開設当時の2004年頃と現在を比べて、どのような変化がありますか?

UK氏:当時はSNSはおろか、ブログさえ無い時代でした。社会への風刺や、クスッと笑ってもらえる記事を配信するスタンスは変わりませんが、サイトのレイアウトや記事の見出しなどは時代に合わせて変えています。

例えばスマホで見る際には、スクリーンショット対策で左上に常に「虚構新聞」の文字が出るようにしたり、見出しだけを見て記事の内容を推察する人も増えたので、見出しに、『明らかに嘘だとわかる架空の固有名詞』を入れたりしています。

20年の歳月で、私もすっかり“インターネット老人会”の一員

――時代や環境に合わせることでスタイルの変化を迫られるのは寂しくも感じるのですが…。

UK氏:私はそうは感じません。昨今「人を傷つけない優しい笑い」が主流になってきたように、時代とともに環境や感性、価値観などが変わっていくことは当然のことです。20年も続けてこられたのは、そのような時代の流れに逆らわずに対応してきたからだと思っています。

 20年という歳月で、私もすっかり“インターネット老人会”の一員になってしまったので、例えば取材に来られた若い方などとお話しするときは、記事の内容が今の価値観とズレていないか尋ねるようにしています。自分が培った無意識的な価値観というのは、人から指摘されないとなかなか気付けないので。

――虚構新聞社のサイトには『お詫び欄』があります。書いた記事が『ウソではなかった場合』や、その後『現実化した場合』などで、お詫び欄も読者にとっては“楽しみのひとつ”ですが、最近ではどんな謝罪がありましたか。

記事内容が、その後現実になったら誤報…お詫び記事

《画像 虚構新聞ウェブサイトより》

UK氏:去年3月に「虚構ニュースを自動作成するソフト開発 千葉電波大」という記事について検証と謝罪の記事を出しました。元記事は2016年に掲載したのですが、当時のAIはまだ初歩的な段階だったので、自然な創作文を自動生成する技術は30年とか50年後になると予想していたんです。「仮に実現したとしても、その頃にはもう虚構新聞も無いから謝ることもないだろう」と。

 それが、「ChatGPT」が出てきて、しかも虚構記事を自動生成できるだけの能力を備えていたんです。実際に検証してみて、その能力に驚いて「これは誤報だな」と判断しました。まさか掲載からたった7年で実現するとは思いもよらなかったですね。とは言え、本紙のように、「オチ」まで理解・生成することに関してはまだまだ未熟です。それさえも近い将来に実現してしまうのかもしれませんが。

ネット上の「コタツ記事」に思うこと

――つづいても現代の特徴。テレビ番組やSNSでの発言を紹介する「コタツ記事」が乱立していることに関してどう感じられていますか?

UK氏:書き手やジャーナリストの方からすれば「取材もせずにけしからん」という思いはあるでしょうし、私個人としても問題があると思っていますが、現実問題として、読む側の大半はそこまで問題視していないのだろうとも感じています。

というのも、今年1月に「暖房器具研究家 こたつの裏ワザ暴露『赤いランプを青いランプに変えると…』」という記事を出しました。

これは、「架空の専門家がXで呟いた『こたつ』の話を紹介」→「それに対するフォロワーの反応を紹介」という『コタツ記事テンプレート』を用いて、コタツ記事を風刺する、という意図なのですが、読者からの反応は「こたつのランプの色が変わっても冷房にはなりませんよ」という直球コメントばかりで、これがコタツ記事への皮肉だということに気付いてくれた人が少なかったんです。

 そこで感じたのは、コタツ記事というのはあくまで書く側やターゲットにされたタレントさんが懸念しているだけのことで、良し悪しは別として、読者にとってはそれなりに需要があり、受け入れられているという事実です。読者の多くが問題視していないから「コタツ記事」という用語もまだそこまで浸透していない。個人的には取材も裏付けもない、志の低い記事だと感じますけど、事実としてそれが多く読まれ、受け入れられている現実をどう受け止めるかですよね。

「以前より、広告収入がPV数に対して減少した」ネット界の今後は?

――今後、インターネットの記事はどうなっていくと思いますか?

UK氏:以前に比べて、ネット記事の広告収入がPV数に対して減少しています。なので、参入している新聞社や企業も「質より量」で減った収入分をカバーしているのが現状なのかなと考えています。コタツ記事が量産されているのもその一環でしょう。

 ただこの先、コタツ記事でも足りないくらいに広告単価が下がって、広告収入で採算が取れなくなれば、撤退するメディアも増えてくるのではないかなと。PV数ではなく、記事の質に対して正当な対価が与えられる仕組みが確立すればいいですけど、「ネットで食っていく」という考え方そのものを見直す時期に来ているようにも感じます。虚構新聞を創刊した当時のネットは、個人が自分の趣味を公開するような場所で、人が集まりこそすれ、そこで商売しようという発想は出てこなかったです。「誰のために、何のために記事を書いているのか」という基本に一度立ち返ってみても良いかと思います。

20周年イベント開催…「それは虚構ではないのか?」の声

――20周年を迎えた展示イベントでは、何を展示するんですか?

UK氏:虚構新聞の歴史と世の中の動きを年表とともに振り返る展示や、これまでの記事を元にした造形物の展示、あとは「天日干ししたバウムクーヘン」といった記事とのコラボメニューも提供する予定です。週末には「タローマン」の藤井亮さんやXのシャープさんなどゲストの方を招いたトークイベントも会場内で行う予定です。ダメ元で出した無茶な提案も多く受け入れてもらって、私自身も楽しみです。

――ネット上では、「このイベントが虚構なのでは?」という声が上がっていました。

UK氏:虚構ではないです。会場に行ってみたら、ただの空き地だったということもありません。間違いなく開催されますので安心してお越しください。

『虚構新聞展』2024年3月27日(水)~4月8日(月)※4月2日(火) 休
会場   Art Beat Cafe NAKANOSHIMA