13年前に発生した東日本大震災で地域から姿を消しかけた郷土芸能「虎舞(とらまい)」。江戸時代、三陸沿岸の豪商が“虎は千里行って千里帰る”という、ことわざにちなみ、漁民の安全を祈願するために始めたといわれています。この「踊り」を残そうと、神戸の女性ダンサーが活動。独自の演目にも挑戦しました。

阪神・淡路大震災の復興イベントに現れた“虎”

 今年1月17日の神戸・新長田。“ミスタータイガース”掛布雅之氏も駆けつけ、阪神・淡路大震災の復興イベントが行われていた商店街に現れたのは、一頭の“虎”。これは、2人の踊り手が虎に扮して舞を披露する「虎舞」です。虎舞は東北・三陸地方の郷土芸能ですが、関西にも根付かせようと、若手ダンサーらが中心となり2018年11月に『阪神虎舞』を結成。新長田を拠点に活動を続けています。
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 『阪神虎舞』に結成初期から参加している、いはらみくさん(28)。いはらさんは元々、関西を拠点に活躍を続けているコンテンポラリーダンサーです。しかし2018年、何気なく参加した神戸でのワークショップで、三陸の郷土芸能である「虎舞」に出会います。

 (阪神虎舞 いはらみくさん)「うわ、なんだこれ、すごっていう。“本物の虎”感、本物の虎をそんなに見たことはないんですけど、まさか人が中でやっているとは思わないぐらい、すごく迫力があって」
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 今では神社などで定期的に演舞を披露するまでになった『阪神虎舞』。踊りとしてのジャンルの垣根を越え、いはらさんたちが活動を続けるわけとは何なのでしょうか?

 (いはらみくさん)「“自分がやっていてすごく楽しい”というのは一番大きいですし、普段やっているコンテンポラリーダンスなどはちょっとハードルが高いというか、ちょっと難しそうだから私やめとくわって、ちょっと距離があるんですけど、虎舞ってその距離がないというか、すごく地域の人と近いなと感じているので、だから続けているというのはあります」

虎舞存続の危機「言葉を失った。何にもないですから」

 しかし、虎舞という芸能は存続の危機に立たされたことがありました。

 (大槌城山虎舞・総会長 菊池忠彦さん)「だいたいその辺りに保管庫・会館があった感じですね。いやぁもう言葉失いましたもんね、何にもないですから。唯一、太鼓だけがショッピングセンターのほうで見つかったという」
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 菊池忠彦さんは岩手県大槌町の『城山虎舞』の総会長です。2011年3月11日、津波は大槌町にも押し寄せ、街を呑み込みました。『城山虎舞』では現役のメンバーで亡くなった人はいませんでしたが、1つの太鼓を除いてすべてが津波に流されました。絶望的な状況の中、菊池さんはあえて“こんな時だからこそ虎舞を続けよう”と思ったといいます。
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 (菊池忠彦さん)「これは復活は難しいんじゃないかなという思いはありました。でも、いま皆さんに、被災している我々も含めてみんなに必要なのは、震災前から脈々と続いてきたもの。いろんな意味で前向きにいかないといけないので、そのはずみになったのがやっぱり郷土芸能、虎舞。我々が小さいころから慣れ親しんだものをずっと続けていくことで、気持ちはすごく前向きになりましたよね」

「虎舞をきっかけに震災を思い出して“備え”につながったら」

 道具を作り直したり、他の虎舞の団体から譲り受けたりして活動をすぐに再開。被災者を勇気づけました。いはらさんら、関西のダンサーたちから“自分たちも虎舞を演じたい”という話をもらった時、戸惑いもあったものの、虎舞を通じて記憶の風化に抗えるのではないかと思ったといいます。
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 (菊池忠彦さん)「関西の方々がこの虎舞を見た時に、“これは何なの?”“岩手県の三陸に伝わる郷土芸能らしいよ”“三陸といったら東日本大震災で被害の大きかったところでしょ”と、そこで震災とか津波とかそういう部分を思い出していただいて、備えなきゃいけないよね、という所につながっていってもらえたらいいなという思いはすごくあったんですよね」

 いはらさんが神戸で虎舞を続けるその根源は“楽しさ”であり、観る人を楽しませたい思いです。けれども、災害の記憶、災害を乗り越えた記憶を郷土芸能を通じてつないでいることも、自覚しています。
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 (いはらみくさん)「(震災の記憶を)絶対に忘れないように、こっちでも取り組もうというのはすごく思っていて、時間とともに風化してしまうものはあるんですけど、そういった初心は絶対に忘れないようにしようと思いながら、ずっと活動自体は続けています」

女性の踊り手だけで舞う演目「雌虎」に挑む

 節目の公演に向けての準備が進む中で、いはらさんたちは女性の踊り手だけで舞う演目「雌虎(めとら)」の創作に取り組んでいました。東北の虎舞では、伝統的に踊り手は男性のみ。『阪神虎舞』独自の挑戦です。

 (いはらみくさん)「前の人が動かないで、後ろの人がちょっと揺れたほうが動いているように見えるんじゃない?」

 2人の踊り手の息を合わせ、俊敏さや艶めかしさなど女性的な雰囲気をどう醸しだすのか、模索を続けます。

 迎えた公演本番。複数の虎が戯れる様子をあらわした「遊び虎」や、傷を負った虎が暴れ回るさまをあらわした「跳ね虎」など、既存のダイナミックな演目が会場を盛り上げます。
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 そしていよいよ、いはらさんが「雌虎」をお披露目する時が来ました。奥ゆかしさを感じさせる舞。“内に秘めた意思”も表現します。伝統と、斬新な世界観が融合された演舞が会場を魅了しました。
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 (観客)「迫力があってよかったですね。すごく一生懸命やられているので、それを見るとこちらまですごく胸に来るものがありました」
 (観客)「獅子舞はよく見るんですけど虎舞は見たことがなかったので、めちゃくちゃカッコよかったです。(郷土芸能を)保存したりとか継承していくために、そこの場所だけじゃなくて他の場所でやるというのは、すごくいいアイデアだなと思いました」

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 (いはらみくさん)「緊張感がすごくて、練習でやっている時よりも時間があっという間に過ぎたし、大丈夫かな?イケてるかな?みたいな不安は正直あったんですけど、みなさんにすごく優しい目で見ていただいたので。これからもっともっと磨いていくものだと思っているので、どんどんステップアップしていけたらいいかなと思います。第一歩はいけたかな」

 東北の大震災を乗り越えた、虎舞。独自の進化をとげ、神戸にも根付こうとしています。