世界初!?という再生医療技術を開発した工学博士・中山泰秀さん(61)に話を聞きました。傷口を治す働きがある「幹細胞」を人体から取り出して活用しようとする研究が進められています。これまでは幹細胞の抽出が非常に難しかったのですが、まったく新しい方法で抽出に成功したのが中山さん。それはどのような技術なのか、これからどのように活用される可能性があるのでしょうか。
手のひらサイズの小さな器具が世界初の医療技術に?
いくつもの穴があいた楕円の筒。大きさは手のひらサイズです。実は、このシンプルで小さな器具が、大きく開いた傷口の皮膚などを再生させる、世界初の医療技術になるかもしれないのです。器具を開発したのは研究者の中山泰秀さん。一体どのようにして皮膚が再生するというのでしょうか?
(中山さん)「これを患者さんの皮下、皮膚のすぐ下ですね、そこに埋め込むんですけれども。埋め込むのは胸かお腹か足かな」
体の中に器具を入れると、器具は“異物”と判断され、傷口を治す働きがある幹細胞がたくさん中に集まってくるといいます。その状態で体内から器具を取り出すと…
(中山さん)「こういう赤黒い、細胞がたくさん入った状態のものが取れます」
中山さんは中から出てきたものを『バイオシート』と名付けました。
取り出したバイオシートを傷口に貼り付けると、幹細胞が周りの組織を活性化させて皮膚が再生する、という仕組みです。
7年前までは研究所に…退職してベンチャー企業を立ち上げ
中山さんは7年前まで国立循環器病研究センターで研究の最前線を走ってきました。そこで患者本人の体の組織から人工血管をつくることに成功。この技術を何とか早く世に届けたいという思いで、研究所を退職して、人生をかけてベンチャー企業を立ち上げました。
(中山さん 2016年放送時)「何年か先にはこういう医療が当たり前のようになってくれたら。悪いところは自分で作って治す」
血管を修復する技術を応用すれば、傷口も治すことができるのではないかと考え、傷口をふさぐ膜を作ろうと新たに研究をスタート。それこそがバイオシートの始まりでした。人工血管と同じように白色のシートができると思っていましたが臨床実験の中で思わぬ事態が…
(中山さん)「白くきれいなものができていると思っていて、その白いのを貼り付けると思っていたんですけれども、いざやってみるとこんなものしかできていなくって。あれ、どうしようと思って」
できたのは白ではなく赤黒い塊。予想外の結果に中山さんは失敗を確信しました。しかし、大きな研究所を辞めて開発を進めてきた中山さん。ここで諦めるわけにはいきません。研究を進めると、赤黒い塊の中に幹細胞や周りを活性化させる物質が大量に集まっていることがわかったのです。
(中山さん)「見てみたら(幹細胞が)ピカピカ光っていたんでびっくりしましたけれども。いや本当にそんなに入ってるとは思わなかったですね」
予期せず貴重な幹細胞を大量に集めることができて、赤黒いバイオシートが誕生しました。
治験スタート「やれる事は、やってもらおう」すがる思いで臨む参加者
去年末から治療の効果を確かめるため本格的な治験がスタートしました。40年前から糖尿病を患う佐藤智幸さん(71)。佐藤さんは20代~30代のころはトラックのドライバーでした。早くに妻を亡くしたこともあり、子ども3人を育てるために仕事を掛け持ちしながら働いていた時期もあったと言います。
(佐藤さん)「どうしても生活が不規則になって、夜に食べたり甘いジュースを飲んだりしたのが1番悪かった」
当時の体重は100kgを超えていて、33歳のころに糖尿病と診断されました。そして2022年の夏に合併症を引き起こし、左足の膝から下を切断しました。今回、佐藤さんの治験を担当した横浜総合病院・心臓血管外科の東田隆治医師は、合併症の恐ろしさをこう語ります。
(東田医師)「糖尿病の一番怖いのは合併症なんですね。そのうちの神経障害によって、足の感覚が鈍くなるということが起こると、例えば足に傷ができやすくなったりとか、傷ができていてもわからない。それに加えて動脈硬化が進むので、足の血流が悪くなると、また傷ができて壊死してしまう」
さらに、片足を切断すると、心臓から全身に血液を送るバランスが大きく崩れるなど、体への負担が大きく、命にも関わるといいます。
(東田医師)「足首より上で切断をしなきゃいけなかった人の半分は、大切断してしまった後に命を失うか反対の足も切断するか、というようなことが言われています」
佐藤さんも、左足を切断した後に右足に負担がかかり、指や足の裏側まで壊死が進行。このままだとあと1週間後には右足も膝の下まで切断しなければいけない状況でした。佐藤さんはすがる思いで今回の治験に臨んでいました。
(佐藤さん)「もうやれる事は全部やって、それでダメなら切断しかないんだから。やれる事はみんなやってもらおうということで」
手術の3週間後に取り出しバイオシートを傷口へ
去年11月7日、器具を体に埋め込む手術が始まりました。今回は腹部や胸部など3か所に挿入。東田医師によると、高度な技術は必要とせず、切開して中に入れるだけのシンプルな処置だといいます。そして3週間後、器具を取り出す日。無事、体の中でバイオシートができていました。そして取り出したバイオシートをそのまま右足の傷口に貼り付けます。
手術は成功。見守っていた中山さんも一安心です。
(中山さん)「やっと始まったところなので、これからですね」
(東田医師)「なかなか治せなかったような傷も、治せるようになるんじゃないかと」
手術後の経過も良好で、バイオシートを貼り付けてから約1週間後には、装具を付けて歩く練習も始められるようになりました。
(佐藤さん)「びっくりしました。バイオシートって、こんなに早く治るというのは全然わからなかったです。やっぱり左足切ったときは…後悔しましたもん。だから右足は切らずに歩けるというのは嬉しいことです」
表情が明るくなり気持ちも前向きに
今年3月24日、退院した佐藤さんを訪ねました。
(佐藤さん)「(Qもう傷口は閉じていますね?)バイオシートで急速に良くなってきて」
バイオシートを貼り付けてから約4か月。傷口がほぼ閉じていました。最初は治験について半信半疑だったという佐藤さんの息子。傷口の変化だけでなく父の気持ちが大きく変わったと話します。
(佐藤さんの息子)「左足切ったときの落ち込み方がすごかったので。『足なくなっちゃったよ…足なくなっちゃったよ』って、ふさぎぎみに言っていたので、相当参っているなとは思っていたんですけど。右足もダメかもっていったときは、子どもじゃないですけど、ちょっと不貞腐れ気味に『もうどうでもいいよ』みたいになっていたんですけど。前向きになれただけでも良かったんじゃないかと思います」
(佐藤さん)「家族で外にご飯を食べに行ったり、買い物に一緒に連れて行ってもらったりしたいですね」
取材を始めたころより表情が明るくなった佐藤さん。今年4月からは足の装具も軽くなるそうで、歩く練習を頑張りたいと意気込みます。