鯛の煮付けに、手羽先。そして、おでんも。カウンターにずらりと15種類以上の家庭料理が並ぶ、神戸市須磨区の小さな食堂「和食堂 まるさ」。店内はたった7席。愛情たっぷりの料理と下町の人情あふれる店を定点観測しました。

17年前のオープンから変わらず夜明け前から料理を作る

 午前4時。夜明け前から料理を作るのは、店主の山縣淑美さん(74)。1人で店を切り盛りします。

 (山縣淑美さん)「6時開店やから、それに間に合うように。手伝ってもらうより1人でするほうが早い。これだけの狭さやから。これは、なすびの煮びたしなんやけど、色が落ちないように油で揚げてそれから炊くんですよ」

 17年前のオープンから変わらない生活です。
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常連客には“マイ箸”を用意

 午前6時に開店。のれんを出すと、すぐに1人目のお客さんがやって来ました。

 (客)「(Qいつも6時に来る?)そうです。重宝しています」

 朝の定食は好きなおかずを3つ選ぶスタイル。ごはんとお味噌汁が付いて550円です。

 このお客さんは、定年後に調理師免許を取得。いまは梅田の中華料理店で働いているそうです。
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 (客)「自分なりに栄養バランス考えて。価格もリーズナブルやしね。豪華でしょう、朝から鯛のお頭を食べられるなんて。(Qこれは何?)マイお箸。お母さん(店主)が用意してくれる」
 (淑美さん)「私がレギュラー(常連)と認めたらお箸がある」
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箸箱には淑美さんが付けたあだ名が!

 この日、2人目のお客さんがやってきました。

 (客)「(Qごはんが山盛りですね?)いつもようけ入れるんですよ、お母ちゃんが。ようけ食べろって」

 (淑美さん)「ボーナスでおこづかいもらった?」
 (客)「もらってない。くれへんね」
 (淑美さん)「没収?」
 (客)「全部子どもに消える」
 (淑美さん)「子どもの授業料に消えたん」

 3人の娘を育てるお客さん。淑美さんを慕って毎日、出勤前に店を訪れます。このお客さんにも、もちろん箸箱があります。
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 (客)「ある日来たら、『箸あるで』と。“タイガース”と書いてあった」
 (淑美さん)「タイガースファンやろ?」

 常連客の箸箱には「裕次郎」さんや「区長」さんなど、淑美さんが付けたあだ名が書かれています。

朝に来店した客の「昼の弁当」も作る!

 午前8時。淑美さんがおにぎりを握っていました。

 (山縣淑美さん)「(Q何を作っている?)彼の弁当」
 
 (客)「僕のお弁当を作ってもらっています。朝ごはん食べながらお昼ごはん作ってもらって、お昼の時間におばちゃんのお弁当を食べています。(Q仕事は?)児童館の職員をしています。子どもたちと体を使って遊んでいるので、おなかがすくのでお昼にはたっぷり食べて備えています。いつも開けるまで何が入っているかわからないです。たくさん食べられるように大きな弁当箱を持ってきています」
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趣味は川柳「車椅子 押して夫と 影一つ」 夫の介護生活を詠んだものも

 淑美さんは今、店の2階で猫と一緒に暮らしています。元々、夫・勝利さんと神戸市長田区で寿司店を営んでいました。転機は「阪神・淡路大震災」。被災して店を閉めることになったのです。その後、病を患った勝利さんを介護しながら、この店を始めました。

 (山縣淑美さん)「働きに行くと夫を施設に預けないといけないでしょ。それが嫌だったので、自分で見ながら。やっぱりなくてはならない存在で、夫も私を頼っているし、私も夫がいなかったら困るような感じやね。精神的に支えがなかったらしんどいから」

 6年前に亡くなった勝利さんと共通の趣味は川柳でした。介護生活を詠んだものもあります。
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 『車椅子 押して夫と 影一つ 淑美』
 『生きてるかーと 今朝も階下で 妻が呼ぶ 勝利』

 (山縣淑美さん)「私が早く起きるから、夫が後で起きるでしょ。私が『お父さん生きとー?』と言ったら『生きとー』って。それから着替えさせて下に連れておりて、ここでご飯食べさせて、また2階に連れて上がってという生活」

「毎日来ている。心の休みどころやな」1人暮らしの高齢者も支える

 夫を支えてきた淑美さん。今は、1人で暮らす高齢者を支えています。

 (山縣淑美さん)「(彼女は)80歳まで助産師さんしていた。すごいでしょ。お話聞いてあげてください。おしゃべりなんだから」
 
 (客)「おしゃべりは好きやけどな。(Q毎日来る?)毎日来ています。料理をお持ち帰りする。おいしそうでしょ。(Qこの店はどういう場所?)心の休みどころやな。何でもしゃべっているから、家のことも。きょうはお休みだけど、もう1人男の人が来て、3人で何でもしゃべっている。それはありがたいよ」

 (淑美さん)「散髪行ったほうがええで」
 (客)「行かないかんと思ってる。散髪行く」

 またあしたもおしゃべりに来ると約束して店をあとにしました。

 午前10時半、淑美さんが何やら準備をしています。
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 (山縣淑美さん)「(Qそれは何ですか?)これは今から配達に行くお弁当。(Q配達もする?)義理と人情に駆られています」

 少しの間、店は常連客に任せ、バイクで配達に行きます。

「料理するのもしゃべるのも好きやし、死ぬまでできたらいい」

 午後1時。この日、最後のお客さんが訪れました。食後もゆっくり新聞を読んでくつろぎます。

 (山縣淑美さん)「楽しいのよ。いつもお茶するの2人で。お友達でいいのよ。すごくかっこよく言えばボーイフレンドなの」

 店は情報交換の場。他愛もない話をするのが至福の時間です。

 そして午後1時半。そろそろおひらきです。
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 (山縣淑美さん)「なぜ続けるかって…自分の健康のためと、料理するのも好きやし、お客さんとしゃべるのも好きやし、そんな感じかな。だから死ぬまでできたらいいなと思っています。きのうまで店しとったのに、店開いていないな、『亡くなってんて』というのが理想ですな。そんなうまいこといかんやろうけど」