今月11日、東京都が少子化対策の一環として10月から「無痛分娩」にかかる費用を一部助成すると発表しました。都道府県では全国初になるといいます。
日本全体では10%程度(2023年時点)の実施率だという無痛分娩。一方、東京都での実施率は30%というデータもあり、地域や世代によっても大きく認識が異なるようです。
令和の妊婦にとって重要な選択肢となりつつある無痛分娩ですが、そのメリットやリスクについて、東京世田谷区にある国立成育医療研究センターの大原 玲子医師(専門:産科麻酔学)に聞きました。
無痛分娩は全く痛くない?それとも…?
無痛分娩とは、陣痛で生じる下腹部などの痛みを麻酔で和らげる方法で、お産の間、背中の背骨の間から細いカテーテルを通して「硬膜外腔」という部分に麻酔薬をいれます。「硬膜外腔」に麻酔をすることで痛みや温度を感じにくくなりますが、お腹の張りなどは感じるため、出産の際には自分で陣痛の感覚がわかるといいます。
「無痛」分娩や「和痛」分娩といった言葉がありますが、基本的に行う処置は同じだといいます。病院の方針によって麻酔を入れる量や時間を変えるため、出産時の痛みは『ほぼ痛みを感じない程度』や『半分くらいに痛みが和らぐ程度』など、個人の痛みの感じ方によっても変わるそうです。こうした情報は、無痛分娩を希望する人には事前に出産を希望する病院で情報を得ることが大切だといいます。
専門家に聞いた「無痛分娩のリスク」
脊髄の近くに針を刺して麻酔を入れることに不安はないのでしょうか。大原医師によると、技術が必要な麻酔方法で多少のリスクがあると言います。一番多い症状として「頭痛」があげられ、全体の約1%で、症状に応じた治療が必要ですが、数日の間に治まるそうです。
麻酔が本来とは違う場所に入ってしまうことで放っておくと呼吸や心臓が止まってしまうような、命にかかわるケースは3000例に1例程度、神経への障害は10000例に1例程度だということです。
しかし、これらのデータはまだ日本では十分に症例数が集められておらず、海外のデータだといいます。大原医師は「初期のうちに対応すれば命にかかわらないが、対処ができる人員や設備がある施設かどうかが非常に重要」だと話します。
また、麻酔薬を入れるための注射の痛みについても聞きました。針はワクチンの注射などと同様の細い針で、処置の際に大きな痛みの心配はないといいます。
病院を選ぶ際のポイント
では、何を基準に病院を選ぶと良いのでしょうか。大原医師によると、病院によって麻酔管理や対応体制に違いがあるといいます。これまでのその施設での無痛分娩の症例数、麻酔担当者、麻酔方法などについて情報開示がされており、緊急時の母児への対応方針など、事前の説明が十分されていて納得できる施設かどうか、などが選ぶ際のポイントだといいます。
また、産院によって麻酔のタイミングなど無痛分娩の方針が違うため、自分の考えと合っているかどうかも重要なポイントです。
結局どっちがいい?無痛分娩 普通分娩
無痛分娩は「痛みが和らぐ」というだけでなく、母体や生まれてくる赤ちゃんにとってもメリットが大きいといいます。まず、これまでに経験のないような強い痛みが和らぐことで、精神的ストレスが軽減され、血圧上昇や過呼吸のリスクを緩和できるそうです。
また、一般に妊婦が痛みに耐えている時、子宮胎盤の血流が低下し、赤ちゃんへの酸素供給量が減るといわれています。痛みが和らぐことで、赤ちゃんへの酸素の共有量の改善が期待できるといいます。ほかにも、妊婦の痛みが和らぐため医師の処置が行いやすい、産後の回復が早いなどのメリットも。
大原医師は「麻酔によるリスクは十分な体制のある施設を選ぶことで最小限にできます。無痛分娩は母体・胎児へのストレスも少なく、必ずしもリスクが高いわけではありません。痛みのないお産を選択する場合は、希望する施設で事前の十分な情報を得て、安全な無痛分娩を選択してもらえたら」と話します。
また、最近の傾向として大原医師が勤務する国立成育医療研究センターでは、5年前は経腟分娩のうち無痛分娩は6~7割くらいでしたが、最近は約9割が無痛分娩を選択しているといいます。
進まない日本の無痛分娩 東京都の政策は?
海外の先進国では無痛分娩は普通で、アメリカでは70%フランスでは90%程で無痛分娩が選択されていますが日本では少数派。大原医師によると、日本が低い理由は文化的背景、自然分娩へのこだわり、提供施設が少ないなどが挙げられます。
また、高額な費用が原因で無痛分娩をあきらめる人もいるといいます。無痛分娩にかかる費用は普通分娩よりも10~15万円程高額になり、ほとんどの場合が全額自己負担です。
東京都の小池知事は今年10月から都内在住の妊婦に対し、対象の医療機関での無痛分娩費用を最大10万円助成すると発表しました。さらに、安心して無痛分娩を行える環境を整えるため、医療従事者向けの研修を実施するといいます。
背景には、海外では高い実施率であることに加え、都内に住む妊婦の6割以上が無痛分娩を希望しているというアンケート調査の結果があるといいます。小池知事は、無痛分娩は「社会的に後ろめたさを感じるという声も聞く。希望する人が安全に安心して受けられる状況を作っていく」としています。
関西の病院でも・・・
兵庫県宝塚市にある中村産婦人科では、通院する妊婦からの希望が増えたことと昨今の需要の高まりから1~2年前から無痛分娩の開始を検討。準備が整い、1月から無痛分娩をスタートしたといいます(当面の間は経産婦のみ)。値段は普通分娩よりも14万円かかりますが、すでに問い合わせが殺到している状況だといいます。
一方、関西2府4県と大阪市の担当窓口に問い合わせたところ、現時点では無痛分娩への助成についてはまだ議論が出ておらず検討段階ではないということでした。
出生率が下がり続ける中、確実に需要が高まっている「無痛分娩」ですが、今後、国や自治体の制度は追いついていくのでしょうか。