12月22日に文部科学省が公表した2021年度の大学進学率は54.9%で過去最高となりました。一方で厚生労働省の調査によりますと、児童養護施設を出た子どもの大学進学率は2020年5月時点で17.8%。その背景には学費や生活費などの「金銭面の問題」があるといいます。こうした中、施設出身の子どもたちが「お金がない」という理由で大学進学を諦めることがないよう、今新たな取り組みが始まっています。それが『オンライン里親』です。

施設で生活していた高校生時代 進路は「就職しかないかな」

19歳の篠原一樹さん(仮名)は、今年の春から熊本市の崇城大学・工学部建築学科で建築を学んでいます。取材した日の授業は製図。丁寧に図面を引いていきます。
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(篠原一樹さん 仮名)
「(Q出来栄えは?)まだ図面が汚れたりしているのでもうちょっとかなって思います。卒業までにはきれいな図面を描けるように」

今は1人暮らしをする一樹さん。小学5年生のときから大学に入学するまで、福岡の児童養護施設で暮らしていました。

(一樹さん)
「親からの暴力です。家庭内の暴力でけががひどかったので、『これはまずい』と周りから言われて」
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母親の再婚から間もなくして始まった義理の父親からの虐待。5人きょうだいの中で自分だけが理不尽に暴力を受けていたといいます。

(一樹さん)
「再婚してからそういう一面が見え出して。原因が何だったか覚えていないですけれど、頭に内出血ができて、顔にその血が落ちてきたんですよ。目のあたりが青あざみたいに真っ青になって」

一樹さんは児童相談所に保護され、児童養護施設で暮らすことになりました。集団生活や規則に苦労したものの、そのうち慣れていったといいます。しかし、進路を決める時、「壁」にぶつかりました。
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(一樹さん)
「高校1年生のときの進路希望で『大学行きたい』って言ったら、(施設の職員に)『お金がないでしょ』って言われて。就職しかないかなって思いながら学校生活を送っていましたね」

支援したい里親と進学したい子どもを繋ぐ『オンライン里親』

文部科学省の調査によりますと、2021年度の全体の大学進学率は54.9%で半数を超えていますが、厚生労働省の調査によりますと、児童養護施設を出た子どもの大学進学率は2020年5月時点でわずか17.8%。その背景には「金銭面の問題」があるといいます。

一樹さんは学費は奨学金でまかなえたものの、学業とアルバイトを両立しながら生活費を稼ぐことは難しく、その状況を救ったのが『オンライン里親』という取り組みでした。
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これは「みらいこども財団」が今年の春から始めたもので、財団が間に入り、支援したい大人=里親と、進学したい子どもを繋ぎます。
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里親たち数人が1人の子どもを支える仕組みで、里親は卒業まで1人あたり年間10万円を支援。子どもには必要な額が毎月支給されます。

お金を支援するだけでなくオンラインで交流会も

また『オンライン里親』は里親がお金を支援するだけのものではありません。3か月に1度、Zoomを使った交流会で、支援している子どもがどう生活しているのか、画面越しに伺うことができます。
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【Zoomでのやりとり】
  (里親)「健康でいてほしいっていうのがすごく気になっています。朝ご飯のときにしっかりたんぱく質をとらないと、いくら若い人でも筋肉の量がどんどん落ちていくっていうのをテレビで見たので」
(一樹さん)「たまにですけど、自炊はしています」

オンライン里親「普通の寄付よりはすごく実感があった」

あたたかく見守る里親たち。どんな思いで支援しているのでしょうか。取材班は、一樹さんの里親の1人である埼玉に住む鹿野明子さん(44)を取材しました。鹿野さんは大学時代からボランティア活動をしていましたが、子どもが小さく手もかかるため、今でもできるサポートを、と考えて『オンライン里親』になりました。

(一樹さんの里親 鹿野明子さん)
「安定した環境ですべての子どもが育つといいなというところと、自分が何かできる部分があると感じていたので」
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鹿野さんが支払う金額は1年で10万円。決して安くはありません。

(一樹さんの里親 鹿野明子さん)
「年間で考えると1か月1万円弱ぐらいの無駄を抑えることってそんなに大変じゃないので。実際に自分のお金が一樹君の生活のサポートにつながっているというのがとてもよく見えたので、お金の使い道としては普通の寄付よりはすごく実感があった」

『オンライン里親』を行う「みらいこども財団」の谷山昌栄代表理事は「進学後も経済的に厳しい状況に置かれる子どもたちを支え続けることが大切だ」と話します。

(みらいこども財団 谷山昌栄代表理事)
「たった1人で生きていかなければならないことの怖さというのは、例えば風邪で1週間コンビニのアルバイトを休んでしまっただけで、もう家賃が払えなくて、そのまま退学してしまわざるを得ない。支援者をオンラインでつなぐことができれば、もっとたくさんの人が子どもたちを支援できる環境が作れるんじゃないかなと」

“里親”たちの存在に「安心できる」

一樹さんは『オンライン里親』たちから月3万円の支援を受けています。そのおかげで不自由なく生活できていますが、支援を受けている状況で自由に大学生活を満喫していいものなのか、どこか後ろめたさも感じていました。
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【Zoomでのやりとり】
   (一樹さん)「どうすればいいかなと思って相談したいんですけど…」
(一樹さんの里親)「施設におられたときから解放されて視界が広がったのかなと思うんですよ。私は逆にいい方向だと思っていて」
(一樹さんの里親)「悩むのは当たり前だと思って、あんまり深刻に悩まずに、その時その時の自分のベストというか、やりたいと思ったことをやる中で、自分で考えられると思う」
黒 コロナ禍の里親_000-000753501.jpg
“頑張りすぎなくていいよ”。そんな里親たちとの会話を終えた後、一樹さんの顔はどこか晴れやかでした。
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(一樹さん)
「(Qあたたかい目で見てくれる存在というのは?)ありがたいです。こうやって1人で生活している中で、そういった支えがあると、安心できる。自分は今の人生が一番幸せだと思っているので。巡り合えた人にいろいろ支えられている」

大勢の人たちの思いが集まり叶った大学進学。新たな支援の形が施設を出た子どもたちを今も支えています。