36人が犠牲となった京都アニメーション放火殺人事件。殺人などの罪に問われた青葉真司被告の裁判が5日から始まった。裁判では事件当時の生存者の供述や青葉被告の生い立ちなどについて明らかになった。これまでの裁判を振り返る。

車いすに乗りながら入廷…丸刈り姿で顔にマスク

裁判が始まる直前、傍聴席と被告人席の間に8枚の透明なアクリル板(パーティション)が設置された。

関係者によると”法廷警備”のためだという。そして開廷前に裁判長が「発言したり立ち上がるなど審理の妨げになるような行動はしないで下さい。その場合は退廷していただきます」と述べたあと、青葉真司被告が法廷に現れた。

青葉被告は、背もたれの高い車いすに座り、上下青色の長袖ジャージ姿、頭は丸刈りで、顔にはマスクをしていた。

入廷の際、傍聴席はシーンとした空気に包まれた。事件後、全身を大やけどしていた青葉被告だが、傍聴席から見える場所に、包帯などはしていなかった。

「そうするしかなかった」「たくさんの人が亡くなるとは思っておらず」

罪状認否で青葉被告は、書面を読み上げた。

「起訴状に書かれていることは、私がしたことに間違いありません」「事件当時はそうするしかなかったと思っていて、たくさんの人が亡くなるとは思っておらず・・・」

声は小さく、裁判長に聞き直しされる場面もあり、被告は同じ内容を2度読み上げた。そして、やけどの影響で固まっている5本の指でペンを持って署名した。

弁護側は、事実関係については争わないとしたうえで、こう主張した。

「責任を問えるか、責任能力の有無については争います。
青葉さんは犯行当時、よいことと悪いこととを区別する能力、犯行を思いとどまる能力の両方か、いずれかが著しく減退していて、心神喪失で無罪であると主張します。
無罪でないとしても、責任能力が著しく損なわれており、心神耗弱で刑を半分に減軽されるべきです」

さらに、「建物の構造が影響している可能性がある」とも話した。

 検察側は冒頭陳述で、「精神状態が犯行に影響したのではなく、被告のパーソナリティが現れたもので、完全責任能力がある」と主張した。

検察側は「被告は京アニ大賞に、自分の小説を応募するも落選させられ、それを盗用されたと一方的に思い込んだ。被告の自己愛や人のせいにしやすいパーソナリティから、自分ではなく京アニが悪いと思い込んで犯行に及んだ」と筋違いの恨みによる復讐だと主張した。

小学3年生の時に両親が離婚…父親からの虐待 引きこもりを経験

検察側が青葉被告の幼少期からの様子やパーソナリティの形成に触れながら説明した。

それによると、青葉被告は9歳で両親が離婚、父親による虐待や貧困による転居、引きこもりを経験。
検察は、「独りよがりで疑り深いパーソナリティになった」と主張、その後、定時制高校を皆勤で卒業した経験から、「努力して成功した」と思うようになったとしている。

そして青葉被告は30歳になるまで、8年間コンビニでアルバイトしている中で、店長に仕事を押しつけられて辞め、「うまくいかないことを人のせいにしやすいパーソナリティが形成された」とした。

その後、京アニが制作したアニメに感銘を受けたことをきっかけに、人と関わらず身を立てられる小説家を志すようになったという。ライトノベルの小説を書き始め、37歳~39歳で京アニ大賞に応募するも、”10年かけた渾身の力作・金字塔”が落選。こうした経験から、「被告は京アニや、『ある女性監督』に落選させられたうえ、作品を盗用されたと思い込んだ」とした。

そのうえで検察側は、「自分はうまくいかないのに、京アニと女性監督がスターダムをかけあがっている状況に、筋違いの恨みを持った」と指摘。こうして京アニと女性監督に対して、ガソリンをまいて殺害するという復讐計画を決意し、他の従業員らも連帯責任だと考え、最も多くの従業員らが出勤している午前10時に放火することを決めたというのだ。

弁護側「人生をもてあそぶ闇の人物への対抗手段で反撃」

対する弁護側は、冒頭陳述で「青葉被告にとってこの事件は起こすことしかなかった」「人生を弄ぶ闇の人物への対抗手段で反撃だった」と反論した。

まず、これまでの生い立ちなどについて説明があった。中学時代は、人に話しかけられられたり、人が寄ってきたりすることから、人のいない道をあえて選んで通学していたという。

《20~28歳のころ》
コンビニでアルバイトをしていたが、人間関係で行き詰まり、その後、窃盗や住居侵入の事件を起こす。一時、離婚した母親と暮らしていたが、気持ちが乱れていった。

《30歳のころ》
アルバイトとして働いていた郵便局を数か月で辞める。前科が知られたからだ。この時期、『日本の財政破綻が救われ、政治家の運命が変わる』などとする内容のメールを財務大臣に送っていた。

《31歳のころ》
京都アニメーション作品の原作に感銘を受け、自らも小説を書き始めた。そしてその内容をインターネットの掲示板に投稿すると、ライトノベルの編集者から「すごいものをみせてくれた」と言われ、一目を置かれた。

《38歳の時》
小説を書き始め、京アニ大賞に2作品を応募。作品の1つを応募したその日、京アニの女性監督が更新したブログを読み、この女性監督が自分の小説を読んだと思った。作品が落選した3か月後、女性監督がブログを更新したが、この内容を読み、青葉被告は混乱する。自分の応募した小説に使われていたアイデアが書かれていたからだった。「“闇の人物”と京アニが一体となって、嫌がらせをしてきている」と思うようになる。

その後の2018年、何気なくテレビを見ていると、京アニ作品が放送されていた。しかし作品中に、自分が応募した小説のアイデアが使われていた。これに対し、「これも盗まれていたのか。どうやっても、“闇の人物”と京アニから逃れられないのか」と、もがき苦しむことになった。

2019年6月、『これで京アニも“闇の人物”も思い知るだろう』と、埼玉県の大宮駅前で大量殺人を計画。しかし、未遂に終わる。

『気が付いたら服や体が燃えていた』『犯人と鉢合わせ』生存者の証言

弁護側の冒頭陳述が終わると、続いて検察側が「証拠調べ」に入った。そこで、事件当時、炎上した京都アニメーション第1スタジオから脱出した従業員らの供述調書が読み上げられた。

(読み上げられた生存者の供述調書)
「私はすぐに窓から外に逃げようとした。とっさに鍵を開けて出ようとしたが、バランスを崩して転ぶようにして外へ出た。そこで、自分の服や体が燃えていることに気が付いた。頭は熱く全身に痛みを感じた。なんとか火を振り払おうとして火が消えたが、服がほとんど焼けて、肌が露出した状態になった」

 この従業員は、外に脱出した直後、青葉被告と鉢合わせになったという。

 「犯人が玄関から出てきて私と鉢合わせ、南の方角へ逃げていった。私が現場近くの住宅の前で、『目が見えません。誰かいませんか』と言うと、駆けつけた救急隊に『大丈夫?』と声をかけられた。
ストレッチャーに乗せられ、救急車で運ばれた段階で、記憶がなくなった。次に起きたら、9月下旬でベッドの上だった。全身にやけどを負い、皮膚の移植手術を受けていたことを知った。その後も、皮膚の移植手術を受け続けた」

 読み上げられた供述調書によると、この従業員は25回もの皮膚移植手術を受けたということで、「人差し指は切断せざるを得なかった。爪もはがれてしまった。現在も麻酔をしていても体は痛い。顔もやけどで、今までの自分の顔ではなくなった」という。