「男から液体をかけられました、頭部から上半身」と語った女性社員。別の男性社員はひとりで2階に逃げた際の心情を、「1階にいるスタッフへの申し訳無さ」と吐露した。「京アニ放火殺人事件」の裁判は10回目、第1スタジオの火の手から逃げた男女が出廷し、これまで語られていなかった事件発生の瞬間を証言した。法廷ドキュメント第13弾。

証言台に立った1人目の女性は、当時、制作スケジュール調整などを行っていたマネージャーの社員だ。事件の1年前に入社し、当日はスタジオ1階、玄関近くの席に座って、イベント資料を作成していたという。証言台と青葉被告との間には遮蔽板が置かれ、互いの姿が見えないよう審理が進められた。

検察官「資料を作っていたときに出来事はありましたか」
女性「自動ドアの音が聞こえて、ドンドンドンという足音が聞こえました」
検察官「聞こえてどうしましたか」
女性「視線を上げました」
検察官「何が見えましたか」
女性「知らない男の方が立っていました」

女性「オレンジ色の火が、3人を包んでいくのが見えました」

室内にいたのは、赤いTシャツにジーパン姿の青葉真司被告。女性社員との距離は3mほどだった。

検察官「そのあとどんなことがありましたか」
女性「男から液体をかけられました。自分の右側になるんですが、頭部から上半身、作成していた机の上の資料にかかりました」
検察官「液体はどんなにおいがしましたか」
女性「燃料系のにおいがしました」

その後女性は、青葉被告の行動を目撃する。スタジオの1階は、たちまち床から天井まで炎で覆われた。

女性「右手をなにか火をつけるように、(女性の向かい側に座っていた同僚)3人に向かって腕を伸ばしました」
検察「発言などで覚えていることは?」
女性「死ねと言っていた…。大きな声だったと思います」
女性「オレンジ色の火が、3人を包んでいくのが見えました」「『ここにいたら死んでしまう』と思って、女子トイレに逃げ込みました」
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トイレに煙『この中にいても死んでしまう』建物から脱出

トイレには、女性を合わせて3人が逃げ込んでいて、1人は壁に座り込んで軽いパニック状態になっていた。

検察官「そのとき、ほかのものは見えましたか」
女性「煙が入ってくるのが見えました。嗅いだことがないような臭いがしました…『この中にいても死んでしまう』と思いました」

3人は女子トイレの小窓から逃げようとしたが、格子がついていたため出られず、大声で助けを求めた。外にいた人がバールで格子を壊し、3人を引っ張り出すように救出したという。その後、女性は建物の外から救助要請などに携わった。

男性の証言… 異様な足音。それでも「取材スタッフが来た」と思った

証言台に立った2人目は男性社員。当時入社10年目で、マネージャーとして勤務していた。男性の周りに遮蔽板は設置されず、青葉被告は法廷に入ると目を見開き、証人男性をじっと見つめていた。

男性は当日、1人目の女性証人の背中合わせの席で事務作業にあたっていた。スタジオ2階に上がろうと階段へ向かったときに青葉被告に気づいたという。

皆がスリッパに履き替えて勤務するスタジオで、「ドスンドスン」と聞き慣れない異様な足音。それでもはじめは青葉被告を見て、「その日予定されていた取材スタッフが来た」と思ったそうだ。異変に気づいたのは叫び声が聞こえてきたからだった。

男性「室内が真っ白になるくらい眩しく光りました。自分のところまでガソリンの匂いと熱風が届きました」「3人のスタッフに引火しているのが見えました」

検察官「他に姿や声などで覚えていることはありますか」

男性「悲鳴が聞こえました。『大変なことが起こった』と思いました」「2階3階にいるスタッフに避難を促さなければと思い、すぐ階段室の扉を閉めて、2階に上がりました」

逃げながら1階スタッフへの複雑な感情「申し訳無さ」

男性は逃げた際の感情についても証言、「1階にいるスタッフへの申し訳無さと、『なんとかうまく逃げてほしい』という気持ちでした」と話した。しかし2階も煙が充満していて、男性は濡れタオルを口元に当てて、床に這いつくばった。

男性「『このままでは死んでしまう』と思いました。かなり意識が朦朧としていました」

そして、2階の窓から脱出を試みた。

男性「体を放り出し、両手で窓枠を掴みました」
検察官「両手で窓枠につかまるというのは、ぶら下がる形?」
男性「はい。体を建物のほうに向けた形で、そこ(2階の窓)から落ちました。下に室外機があって、腰を強打しました」

男性の目に映ったのは、1階から猛烈な煙が出る第1スタジオ。炎があがり、ガラスの割れる音が聞こえるなど、「壊滅的な状況」だった。その後、男性はけが人の救助にあたり、自身も救急搬送される。起訴状によると腰や骨盤を打撲する、全治1か月以上のけがだった。

弁護人は尋ねる。「男の表情、態度で印象に残っていることは?」

いっぽう弁護人は、青葉被告が放火する姿を目の当たりにした証人の男女に、放火直前の『青葉被告の表情』を尋ねた。

弁護人「男の表情や態度で印象に残っていることはありますか?」
女性「一瞬だったので正しく記憶していないと思うんですけど」
弁護人「怒っていた顔をしていたとかは」
女性「印象というか、あまりに一瞬のことでよく覚えていませんが、和やかではなく、どちらかというと無表情に近いような表情をしていたと思います」

弁護人「男の服装はTシャツとズボンということでしたが表情は?」
男性「そこまでのことは覚えていないです」
弁護人「当時男について、『無表情で目がすわったようで、変な人だった』と警察に説明していた記憶はありますか」
男性「当時の説明では見たものを話したということだと思いますが、今はよく覚えていません」

当時の青葉被告の精神状態が争点となっているこの裁判。被告の表情を具体的に明らかにしようとするかのような弁護側の質問だった。次回の裁判、来月2日の証人尋問では京都アニメーションの八田英明社長や、消防隊員などが出廷する予定となっている。