遺族らにとって、最後となる意見陳述の機会。「今度こそ間違いなく守るから。あの日に戻れるなら…」母親が声を振り絞る姿に、傍聴席からすすり泣く声が聞こえた。生存した社員は「赤いTシャツにジーンズ姿を街で見ると怖くなる。」事件のトラウマが残る被害者が約半数いるという。法廷ドキュメント第19回。

――この日、26歳で死亡した女性社員の母親が意見を述べた。女性は、憧れの京アニの入社試験に挑み、最終面接で不合格となるも、再受験して合格。家族で喜びを分かち合っていたという。

「事件は、娘が久々に実家に帰省し、京都へ戻っていった翌日の出来事でした。テレビの画面に映っていたのは、娘から以前、『ここで働いているよ』と教えてもらったのと同じ建物でした。私はこれまで、7月17日に娘を京都に送り出した後悔だけで、犯人に対する怒りを持てませんでした。しかし裁判に出て、何の接点もない犯人に殺されたと知り、ようやく憤りと嫌悪感を覚えるようになりました」

「ただ、裁判が始まってから、初めて心から笑えることもありました。車椅子に乗った青葉被告を見たからではありません。新たな事実が分かったからでもありません。それは、同じ悲しみをした他の家族の方々の、元気なころの思い出やエピソードを聞き、『生きていたら』と想像して笑いあえたからです。生前の娘の自慢話をできたからです」

――そして、母親は声を震わせて、ことばを絞り出した。

「この法廷の場にいることが夢ならいいのに。親として未熟だった私も、今なら娘を束縛せず、もっと大事に育てます。だから私の娘を返してください。できるならあの日に戻って、娘と一緒に死ねばよかった。今度こそ間違いなく守るから。あの日に戻れるなら…あの日に戻れるなら…。もう二度と、神様を信じることはありません」

事件現場に飛ぶ蝶々に涙『きっと子どもたちだね』

――亡くなった32歳の女性社員。幼いころは家の壁じゅうに絵を描くこともあり、京アニ入社前はバイトをしながら漫画を描き、コミックマーケットで売る日々を送っていたという。念願の京アニに入社した際は、「拾ってもらった」とうれしそうに話していたといい、3年かけて正社員となった。「周りの人たちに迷惑をかけるから」と、帰宅後も絵の練習を怠らない努力家だったことが家族の供述調書から紹介された。

――母親は、「娘のために頑張って話します」と、語り始めた。

「裁判が始まってからの9月7日の朝方、娘が私に会いに来てくれました。私の腕に倒れた娘の顔をなでる夢でした。弱虫の母のそばにいるというメッセージだったと思います。」

「娘が亡くなってから、とんぼや蝶々を目にするようになりました。49日前やお盆などの節目に、とんぼが飛んできてしばらく止まり、私の方を見ていたことがありました。私はしばらく見つめ合いました。期日の合間に、ほかのご家族の方々と事件現場で手を合わせに行ったとき、蝶々が1匹飛んできて、第一スタジオのほうに行きました。そして蝶々が2匹になって、反対の方向へ飛んでいきました。」

「それを見て、他のご家族の方々と『きっと子どもたちだね』と話して、心があったかくなりました。私たちは、涙を流しました。もしも神様に1つだけ願いを叶えてもらえるなら『娘に会いたい、抱きしめたい』」

死刑すら生易しい、なので死刑は望みません

――続いて、女性社員の弟がマイクの前に立ち、大きく一度深呼吸をしてから、こう訴えた。

「裁判官、裁判員、検察官、弁護人、そして傍聴されている方々に伝えたいことがあります。それは、突然、大事な人がなにかに巻き込まれて死んでしまうということです。きょう、いつも通り大切な人のところに帰れたらその時間を大切にしてください。そばにいられないなら、連絡してあげてください。私は姉を失ってから気づきました。後悔しています」。

――弟は、青葉被告に対して、こう述べた。

「亡くなった36人の家族、被害を受けた34人を前に『やり過ぎた』という簡単な言葉で片づけないで下さい。『どうせ死刑』とでも思っているのでしょうか。また逃げるのでしょうか。それは許しません。どれだけ憎んでも真実を知っても、亡くなった人は帰ってきません。あなたに36回、死を与えることはできませんが、死刑すら生易しいと思います。なので、あえて死刑は望みません。命の重さを知り、償いようのない苦しみで終わってほしい」

『ツルネ』にあなたの名前は出たことがありません

――この日の終盤、意見陳述に臨んだのは、第一スタジオにいて生存した20代の男性社員だった。遮蔽板を設置せずに青葉被告と向き合い、はじめに、青葉被告の犯行動機のひとつとなった「小説の盗作」について、こう切り捨てた。

「私は、青葉被告が盗作されたと主張している『ツルネ』のシナリオ作りに参加しました。しかし、あなたの名前は出たことがありませんし、誰もあなたの小説を読んだ人もいませんでした。京アニは、盗作とはまったく無関係です。なんの罪もない36人を、思い込みで殺したということを心に刻んでください」

「私たちの悲しみが消えることはありません。そうした現実を受けても、希望を語れるのがアニメでありフィクションだと思います。これまでもあらゆる人たちが、そうやって希望を描いてきました。それを私たちは受け継ぎます。私たちはフィクションを作る者です。だから希望を語ることをやめません」

――言葉を紡いでいくように、ゆっくり、はっきりと語ってきた男性。しかし最後に、堪えていた感情が一気にあふれ出た。

「青葉真司!聞いているのか!」

「青葉真司!聞いているのか!色々な人たちの力によって、あなたはまだ生きている!生きたくても生きられなかった人もいるのに、あなたはまだ生きているんだよ!その意味を、よく考えてください!」

――この日は、生存した社員ら計30人分の供述調書や意見が読み上げられた。印象的だったのは、「大きな物音が怖い」「店に入っても避難経路が分からないと不安」「赤いTシャツにジーンズ姿の人を街で見ると怖くなる」など、事件以降、現在までトラウマを抱えている人が半数近くいたことだ。

 生存した社員の中には、「犯行を目撃していないため、事件に巻き込まれたと思えず、自然災害に巻き込まれたような感覚で気持ちの整理がつかない」といった複雑な感想を抱いている人たちも複数いた。こうして裁判は、大詰めを迎える。