これまで労働時間が実質“青天井”だった医師たち。4月から始まる医師の働き方改革で時間外労働の上限規制が適用され、原則年間960時間(月あたり80時間)までとなる。しかし、上限時間を超えて働く医師たちの長時間労働によって支えられてきた日本の医療。働き方改革を前に、今の医師の勤務実態に迫った。
24時間診療病院 当直医師の日常
日曜日の午後9時半ごろ。5歳の男の子が救急車で運ばれてきた。家で転倒して右腕に強い痛みを訴えていて、レントゲンを撮ると鎖骨を骨折していたことがわかった。
(付添人に話す医師)「ここが折れています。鎖骨骨折。だけど直ちに手術が必要というわけではない」
ここは千葉県流山市にある東葛病院。市内では最大の病床数(366床)で、24時間365日休みなく診療を続ける民間の総合病院だ。医師の土谷良樹さん(49)、内科部長を務めているが、自らも夜間の当直勤務をしている。患者は途切れることなくやってくる。
80代の男性が発熱と息苦しさを訴えて救急車で運ばれてきた。
(患者に話す土谷医師)「こんばんは。しゃべるのもつらいか?」
症状は深刻そうだ。胸のCT画像を撮影すると、肺炎を患っていることがわかり、緊急入院が決まった。
(付添人に話す土谷医師)「両肺がひどい肺炎になっています。外から一生懸命、酸素を投与しているけどギリギリです。これ以上悪くなると人工呼吸器を付けないと死んでしまうかもしれないくらいひどいです」
当直の仕事だけじゃない…勉強会や予約患者の診察も
夕方5時前から翌朝9時前まで、2人の当直医師で、あらゆる症状の救急診療を行っている。
(土谷良樹医師)「この地域の住民の方々の健康を守る仕事ですから、一通りのことは診て。(Q患者さん多いですよね?)そうですね、こんなもんかもしれないです。すごく多い件数ではないです」
当直の仕事はこれだけではない。外来患者の診察の合間に約300人の入院患者を見回ることも業務の一つだ。
(土谷医師)「ちょっと呼吸苦しいですか?」
(患者)「うん」
(土谷医師)「少し酸素を送ってくれるマスクの方に替えましょう」
落ち着いたのは午前0時前。この日は朝9時には出勤し、日中はオンラインで学会に参加していて、病院に来て約15時間がたっていた。
(土谷良樹医師)「(Q体力的には?)全然大丈夫です。自分ができることをしているだけなので。医者になってからずっとやっていますから」
その後も患者は訪れ、結局休むことができたのは午前3時半。4時間ほどの仮眠は取れたが、2人の医師で外来患者25人を診察した。
そして翌朝。当直明けは朝8時から研修医と勉強会を行い、その後は日勤の医師らに引き継ぎをしていく。
しかし、まだ帰ることはできない。腎臓病治療が専門である土谷さん。午前中に予約の患者約40人を診察した。
その後も回診や会議 帰る頃には『出勤から約35時間』
午後1時。診察を終えた土谷さんの姿は医局にあった。この病院では当直明けの医師は昼までに帰ることが推奨されているが…。
(土谷良樹医師)「ちょっと病棟に行きます。週明けなので、患者さんに一通りご挨拶もしないといけないし。ぼちぼち、疲れていますけどね」
自身が主治医を務めている入院患者15人を回診。
さらにこの後、会議が2本立て続けにあった。
(土谷良樹医師)「終わりました。お疲れ様でした。良い会議でした」
帰るころには午後7時半に。出勤から約35時間。翌日も朝から勤務だ。このような当直は月に4~5回あるという。
学会発表は「自己研鑽」過労死ライン超えていない計算に
仮に土谷さんが病院にいた時間全てを「労働」だとすると、時間外労働は月150時間以上となる。過労死ライン80時間を大きく上回る数字だ。しかし、この中に含まれる学会発表は「労働時間」でなく「自己研鑽」とされるなど、土谷さんの労働時間は過労死ラインを超えていないことになっている。
(土谷良樹医師)「僕はそのようにして生きてきたので、そういうものだというふうに思っておりましたけれど、医師が過労でばたばた倒れているということを知る中で、やっぱりこういう働き方はこんな普遍的にやっていてはいけないのではないかなと」
この病院でも電子カルテ入力を補助する事務員を配置するなど、医師の働き方改革に取り組んではいるが、実態はそれほど変わっていないという。
(土谷良樹医師)「(Q内科部長として部下の健康にも配慮しないといけないが?)そこは忸怩たる思いがありますね。自分の働き方も良いとは思えない部分もありますから。同じことを要求しないといけない局面もあるので。根本的な原因はやはり病院の勤務医で夜働ける人が圧倒的に足りない」
過酷な勤務は命にも関わる問題だ。おととしの厚労省の調査では全国の勤務医の21%が過労死ライン(月80時間)を超える時間外労働をしていることがわかった。
総合病院で働いていた医師「そういうことを言うこと自体が軟弱であると」
数年前まで関西地方の総合病院の外科に勤務していた男性医師(30代)に話を聞いた。多い時の当直勤務は月8回。休みも週に1日しかなかった。労働時間は適切に管理されておらず、自分がどれだけの時間外労働をしていたのか今もわからない。
(男性医師)「命の危険を感じることはゼロではなかったですね。扁桃炎だったりとか、心臓痛くなったりとか。その働き方自体を当時は疑問に思わなかったですけど、イライラしていますよね常に」
長時間労働と、その時間に見合った賃金が支払われていないことに納得がいかず、今は総合病院を辞めて別のクリニックに勤務している。
(男性医師)「当時は時給換算したら1000円2000円の世界になってくるので。(Qこうした働き方について訴えないのはなぜ?)外科医の立場から言うと、そういうことを言うこと自体が軟弱であるとか、症例数が回ってこなくなるとか。『俺らの時代は』という言い方をされる方もいる中で、若手はそういうことは言えるのかと」
『タスクシフト』で医師の業務を減らす取り組みも
新たな取り組みで医師の働き方改革を行う病院もある。大阪市北区にある医誠会国際総合病院(560床)。大腸がんの手術の現場を取材した。まず医師が全身麻酔をかける。本来なら手術が終わるまでの5時間、ここで患者を監視しないといけないが、そのまま出て行ってしまった。
(麻酔科医 田中暢さん)「(Q終わりですか?)あそこは彼に今は落ち着いたので任せた」
これは『タスクシフト』という考え方で、医師が担っていた業務をほかの医療従事者に移すというもの。特定行為の研修を受けた看護師に指示をして患者の監視を任せていたのだ。
(麻酔科医 田中暢さん)「ようやく手術が終わったな、麻酔が終わったなと言ってデスクに帰ると、思い出した仕事が山ほどあって、そこから始めて、帰るのが午後8時9時10時となるのが今まで人生でざらでした。それが日中にどんどん終わっていくので残業はかなり減りましたね」
さらに、医師の勤務時間を管理する専門の部署をつくり、その月の時間外労働が多ければ代休を取るように促す。
「病院の自浄努力だけで解決するのは絶対不可能」
院長は働き方改革を進め一定の効果は出たとする一方、「病院の努力だけでは限界がある」とも話す。
(医誠会国際総合病院 峰松一夫病院長)「どんどん医療が高度化して難しくなって、しかもお金がかかるようになったので、できるだけ短い時間で診断・治療を行う慌ただしい時代になってきて、仕事量が増えるけど現場で働く人間の数がほとんど増えない。現場だけじゃなくて、教育の問題や保険診療制度の問題まで手をつけないと、この問題(医師の長時間労働)は解決しないと思っています。病院の自浄努力だけに任せていても絶対不可能です」
目前に迫った医師の働き方改革。病院はそれぞれ足掻いているが、根本的な問題解決がない中、本当の意味での改革は進むのだろうか。