京都で殺害された21歳の女子大学生。死因はタリウム中毒による重篤な呼吸不全と急性呼吸窮迫症候群だった。救急専門医で「日本中毒学会」の評議員も務める薬師寺慈恵病院、薬師寺泰匡(やくしじ・ひろまさ)院長に、タリウムの毒性と特性をインタビュー取材した。

―――タリウムはどういうものですか。

薬師寺泰匡院長: 元素としてはタリウム(Tl 元素番号81)で存在するが、硫酸タリウムという形の化合物で、殺鼠剤に用いられたりして、粉末の形で使用することが多く、「端的に言うと白い粉」です。水に溶かしやすく、 きれいに溶けます 塩を溶かす時を想像してもらったらいいと思います。

―――粉を混ぜても分からないものですか。飲んだらどんな症状になりますか。

 気付かない、気付くのは不可能だと思います。飲んですぐは、あんまり症状は出ないはずで、よっぽど多量に服用すると、粘膜の直接の刺激で嘔吐が起こったりするかもしれない。名前も似ているが、カリウムと似た動態をとって、体のカリウムとどんどん置き換えられて、カリウムが働けなくなってしまうというような物質で、そういう反応が起こるのに 半日から一日ないしは数日かかる。(摂取後)数時間から半日くらいでは消化器症状が中心になり、嘔吐、下痢や下血、そういう症状が出てくるのかなと思います。あと、めまいと倦怠感、脱力症状が多いかなと思います。

 体重1㎏あたり10mgでも死に至るとされ、それより少量でも症状が出る毒性がかなり強い物質、少量で生物を死に至らしめることができます。(なぜなら)吸収されやすい。少量でも吸収され全身に分布するというところが非常にやっかいな物質です。

―――誤って摂取した場合の治療は。

まずは嘔吐、下痢で水が足りなくなるので、点滴と酸素投与。次に除染をどうするか。活性炭に吸着できるような物質であれば積極的に投与しましょうとなっていて、飲んでもらうか、鼻から胃に管を入れてそこから活性炭を流すような、中毒物質が疑われるときはやります。あとは透析で抜けるかどうかというところです。特異的な治療として「プルシアンブルー」という物質があって、鉄とシアンなどからなる物質だが、これがタリウムを吸着します。ありがたいものですが、まず医療機関に置いていない どうやって入手しようかというところから始まり、なかなか治療にも難渋します。

―――今回の事件で、気になる点はありますか。

 どこから入手したんだろうか、というのが一番。殺鼠剤としては非常にポピュラーで、戦後すぐのころは脱毛していくという現象を逆に利用して、脱毛剤として使われていた経緯がありました。ただ子どもが誤って服用して死亡したりとかいう例が起こって1973年にWHOが各国に使用しない方がいいですよ、使用禁止をしましょうという話をだした そこから廃れていきました。

 以前は一般的に入手可能なものだったが、販売の規制がかかって、管理者には厳重な管理が求められるような形になって、なかなか買えるようなものではなくなりました。今手に入れようと思ったら工業用で使うようなものを製薬会社などから直接、購入するしかないような代物ではないかと思います。

―――医療現場で、タリウム中毒の症例はありますか。

薬師寺泰匡院長: タリウムを経験したことのある医師は相当なレアケースだと思います。中毒情報センターに入ってきている情報だけでも10年で数件とかで、まず疑わないです。司法解剖の際は、血液だったり、尿だったりから薬毒物の分析を行うことになるが、あまたある物質からある程度絞り込んで行かないと見つかるものではなく、タリウムを積極的に第一に疑うかというと、それはあまりないです。 基本的には時間をかけて網羅的に調べていかないと診断にはたどりつかないのかなと思います。月並みの意見になるが、よく診断につながったなというのが正直な感想です。

 基本的に、(医師が)死亡診断書を書くときに病名をつけますが、明確に病死であると言えないときだったり、なんらかの事件性が疑われるときには警察に連絡することが義務付けられています。 20代の方が突然、説明のつかないような様々な症状がおこれば、当然、薬物の影響というのは考えていかないといけなくなるので、今回は、なんらかの病気であると断言ができなかった経緯があるのではないでしょうか。