台湾の蔡英文総統が訪米してマッカーシー下院議長と会談。これにより中国が反発を強めています。一方、台湾の元総統・馬英九氏も中国を訪問し、対中接近を演出しました。台湾有事が懸念される中で、国際政治経済専門の京都大学関山健准教授は「中国なくしては繁栄はない。台湾人にとっては揺れ動いている。中国との関係はイイトコ取りしたいのが本音」と話し、中国との絶妙のバランスをとってきた台湾世論を説明しました。
(2023年4月6日MBSテレビ「よんチャンTV」より) 

◎関山健氏(京都大学准教授 財務省・外務省で国際交渉などの政策実務を経験 東大・北京大・ハーバード大卒 専門は国際政治経済学)

台湾・蔡英文総統が会ったのはアメリカNo3下院議長、中国への絶妙の配慮も

---国際政治経済学が専門の京都大学の関山健氏に解説をしていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。さて台湾の動きですが元トップ前トップが同時期に外遊、民進党の蔡英文氏が現在訪米しています。馬英九氏・前総統は現在中国を訪れています。3月27日から4月7日、そして蔡英文さん3月29日から4月7日ということで、時期がほぼかぶっているということ、どう見たらいいんでしょうか?

関山健 京大准教授: 3月19日にまず馬英九氏が訪中を発表して、その後、翌々日に今度は蔡英文氏がアメリカを訪問すると発表しましたが、背景にあるのは、来年1月に台湾で行われる総統選挙、これに向けた主導権争いだと思います。

---ではまず蔡英文総統の動きから見ていきたいと思います。現在アメリカを訪問中、蔡英文総統4年ぶりの訪米です。3月29日中米訪問の経由地としてニューヨーク訪問。ですから今回の外遊というのは、中米を訪れますよ、の「経由地」としてニューヨーク。グアテマラ・ベリーズを訪問した後、ロサンゼルスを「経由」して台湾に帰る、あくまでも経由地だということですが、その経由地ロサンゼルスではアメリカNo.3のマッカーシー下院議長と会談をしています。No.3のマッカーシーさんと会ったということ自体はどういうふうに受け止めたらいいでしょうか?

(関山健氏)アメリカNo.3の高い地位の人に台湾の総統が会うということは、アメリカが台湾を大事にしているという明確な政治的なメッセージになるということだと思います。

---では立岩さんはこの会談に関してはどんな印象を受けられましたか。

(ジャーナリスト・立岩陽一郎氏)アメリカNo.3って言いますけど、別にナンバー3ではないんです。別に下院の議長です。なんでNo.3って言っているかっていうと、大統領継承権の3位というだけですから。民主党の人間でもないですし、彼らは会っているのは議会の人。政府が会ってるわけじゃないですから、そこはアメリカも配慮しているわけです。ホワイトハウスに呼んでいるわけでもなければ、その国務省の次官が会っているわけでもなくて、やっぱりあくまで議会だと、議会は政府じゃありませんよと。

中国は「一緒と」言うかもしれないけど、民主国家においては3権分立してますからねという説明は常にできるようにしてるのが、今回の対応ですよ。
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---下院議長とは言え、議員ですよねっていうことですね。中国の外務省のコメントは「断固反対し、強烈に非難する。台湾問題は越えてはいけないレッドラインだ」と発表しています。対抗措置を示唆しています。

―――関山氏によりますと「アメリカは非公式で個人的に訪問とすることで中国の立場に配慮」。ただ総統という立場でアメリカの議員と会っているということですから、この非公式というのはどういうふうに捉えたらいいですか。

(関山健氏)建前ですよね。下院議長は政治家ではないわけですが、アメリカにおいて大統領の継承順位が副大統領に次ぐ第2位、それだけの要職者が台湾の総統と公式に会うとなれば、一つの中国という中国が非常に大事にしている原則に背くことになりかねないんで、アメリカとしては蔡英文総統の訪米はあくまで個人的なものですよと。建前をいうことで中国に一定の配慮をしているということだと思います。

---台湾ではどういうふうに受け止められているのか。台湾を取材している寺島記者によりますと、アメリカとの交流を中国に干渉されたくないという意見や、長期的に見ればメリットという声も上がっているそうです。一方、若い人は「関心がない」という人が多い印象だということです。関山先生はどういうふうに考えますか。

(関山健氏)どうでしょう、台湾としては、今中国からの統一の圧力がどんどん高まっている中で、台湾の独立を保とうとすればやはりアメリカの助けを得るしかない。そういう意味で今回蔡英文総統がアメリカに行ってアメリカとの関係強化を確認してきたということは、長期的に見ればその台湾の独立を守るという意味で、メリットだとそういう声じゃないかと思います。

---一方の国民党・馬英九氏は総統経験者として初めての訪中です。3月27日、中華民国の首都だった南京を訪問しました。その後中華民国建国の中心となった孫文のお墓参りそして自身の先祖のお墓参りもしたという。馬英九前総統の墓参りを取材した寺島記者によりますと、馬英九前総統はVIP待遇で迎えられ、「中国も台湾もどちらも中国人」と発言したということです。聞き方によれば、一つの中国ともとれるんですが、ただ、別の場所では、台湾を「国家」と発言しているということです。国民党が親中とは簡単に言えない複雑な関係がうかがえたということなんですが、馬英九氏は中国も台湾もどちらも中国人と言っておきながら別の場所で国家ということで反対のことを言ってるように聞こえるんですけどもこれはどういうことなんでしょうか?

(関山健氏)台湾の国民党が親中だと考える人もいるのかもしれませんが、そうではなくてですね。国民党が民進党と比べて、中国の共産党と関係が近いと言ってもおそらくそれが親中ということではないんですね。

 台湾の国民党と中国の共産党は、ともに「自分たちこそが、中国大陸と台湾の両方を統一する正当な国家になるんだ」っていうことを目標にしてる政党になる。その意味で、この台湾国民党も中国共産党も、少なくとも中国と台湾は一つだという点では一致をしているので同床異夢なんですが、逆に言えば、国民党と中国共産党というのは、敵同士ライバルであって、決して台湾国民党が親中あるいは親中国共産党ということではありません。

揺れ動く台湾世論「中国なくして繁栄なし、でも中国共産党に取り込まれたくない」

---では台湾ではどのように報じられているのかというところですけども。各新聞ですね、記者によりますと、蔡英文さんの訪米会談については「中国の圧力でアメリカとの交流を自粛すれば、中国のレッドラインを前進させるだけ」と報じています。批判的な論調はなかったということです。一方の馬英九さんの訪中に関しては、「台湾の中国政策を担当する政府機関が一つの中国ともとれる発言をした馬英九氏を批判した」と各社が取り上げて批判をしているという。蔡英文氏に関しては批判がなくて馬英九氏に関しては批判されているという論調です。台湾でのこういった報じられ方を見てどんなことを思われますか。

(関山健氏)これまさに、台湾の揺れ動く世論を端的に表した声かなと思います。台湾の世論というのは、中国との関係で非常に微妙なバランスを揺れ動く特徴があります。というのは、台湾の世論をですね、中国との経済関係なくして、繁栄はないという銭勘定と、一方で中国共産党に取り込まれたくないっていう独立意識の間で常に揺れ動いているのですね。そういう意味で、中国との統一志向が強い国民党所属の馬氏の行動に対しては独立意識が強い台湾世論から批判を受ける。逆に中国とあまり揉め事を起こしたくない世論からすると蔡英文氏のようにアメリカに訪問して中国共産党を刺激するような動きはやめてくれと、こういうことだと思います。

---非常に揺れ動くというところですけども、世論で言いますとどっちの方がマジョリティーだと思われますか。

(関山健氏)マジョリティーは、「両方いいとこ取りをしたい」というのが台湾世論のマジョリティーだと思います。これはもう1990年代からの台湾の総統選挙の歴史を見ると一目瞭然ですが、台湾経済というのは、中国との一体化がどんどん進んでいて、中国なくしては台湾の繁栄はないというのは事実なのですね。

だからと言って、中国共産党に取り込まれたくないという気持ちも非常に強くあります。したがって1990年代以来、中国が台湾に対して圧力を強めると台湾は離れていく。逆に中国が台湾に対してそっけなくすると、台湾世論はもっと中国との関係強化をしたいと動く。これがまさに揺れ動く台湾世論の特徴だと思うんです。

---つかず離れずの非常に難しい立ち位置ですね。馬英九氏はこの訪中の間に中国序列4位の王滬寧(おう・こねい)氏と会談するのではというふうに伝えられています。この王滬寧さんという人はどういう人物ですか。
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(関山健氏)はい。王氏は実は1970年代に日本で大学・大学院を卒業したといわれていまして、その後上海の名門大学で政治哲学を教えていた。私と同じような政治学者ですね。

その後1990年代の末から中国共産党の仕事をするようになって、江沢民・胡錦濤、そして習近平と3代の総書記に政策ブレーンとして仕えたいわば中国共産党支配の理論武装の中心を担ってきた理論家です。しかも今は中国で序列の4位のところまで上ってきて台湾の統一工作の責任者でもあると言われています。

---その人物と会談予定だと、来年1月の総統選はどうなっていくのか。そして中国の対抗措置もどうなっていくのか今後注目です。