作者からあなたへ 「ピュア・ラブ」Uを書くにあたって
皆さまからの熱いご要望に答えて「ピュア・ラブ」Uの制作に踏み切った毎日放送から正式に執筆依頼がありました時、正直に云って、戸惑いがありました。
皆さまの中にも「ピュア・ラブ」Uについて、賛否両論がありましたように、「U」は「T」を越えられない、と云うジンクスのようなものもありますし、それに、私は「U」を書くつもりで「T」のENDINGを出したわけではありませんでしたから。
でも、「ピュア・ラブ」に登場した彼らの住む街には愛着があります。
このBBSにも、このドラマの終ることは、「なんか慣れ親しんだ街から引っ越すような寂しさです」と書き込みしてくださった方がいらっしゃいましたが、荷物をまとめて引っ越してはみたものの、愛着捨て切れずに、再びこの街に舞い戻ってくる。
「そう云うことがあってもいいかな」
とも思いました。
そこで、取りあえず、「かたつむり」のあるあの路地を通って見ることにしました。
やっぱり匂ってきました。
明石焼きの焼けるあの香ばしい匂いです。
その匂いに誘われて、思わずドアを開けてしまいました。
「いらっしゃいませ」
あの優しい、忍さん特有の声に迎えられて、私はカウンターの前に坐り、「明石焼きを下さい」と注文しました。
「はい、ただいま。すぐお焼きしますわね」
忍さんは手際よく熱いお茶を出してくれました。
そして、明石焼きを焼き始めたところへ、「お早うございます」と戸ノ山さんが出勤してきました。
「お早う。ちょっと、二番テーブル片づけてきてね」
「はい!はい!戸ノ山、只今参上!」
戸ノ山さんは飛んでいき、手早く片づけると戻ってきて、鼻唄まじりでカウンターの中へ入っていきました。
「どうしたのよ、いきなり時代劇になったりして。(戸ノ山を見て)あ!?あんた、いつもと違う」
「どう違うんですか?」
「どうって…(思いついて)あ?!なにかいいことがあったんだわ」
「大当りィ!(バックから箱を出して)ジャーン!!」
「なに、これ?」
「周作先生からボストンのお土産」
「えー、みていい?ちょっと!これ、ティファニーのネックレスじゃないの」
「そうなんですよ。もうわたし気持がフワフワ空をとんじゃってなんだか夢の中みたいなんです」
へぇー、周作先生が戸ノ山さんにティファニーのネックレスをおみやげにねえ。
と、感心しながら私は明石焼きを食べ終えて外に出ると、相変わらず元気のいいたいちゃんトリオが下校してくるではありませんか。
そして裕太もルナも帰ってきました。
ルナについていって、ルナの家の中を覗いてみたい気がしますが、それは後日ゆっくり尋ねるとして、ここまで来たのですから、桜町小学校の保健室にいって見ることにしました。
やっぱりいました。
相変わらず二人は仲良くお喋りをしていましたが、木里子の胸には悲しみが一杯つまっていました。
陽春が忘れられないのですね。
それに較べて典美の胸は喜びではち切れそうです。
彼氏との結婚が決まったようです。
そう云えば木里子の病気は移植後どうなっているのか、聞かなければと、私は聖ヨハネ病院へタクシーを走らせました。
カンファレンスで席を空けている白井先生を周作先生の部屋で待つことにして、呼吸器内科の医長室に入っていきましたら、なんと周作先生はアメリカのおみやげだと云って、成田婦長にティファニーのネックレスを上げているではありませんか。
あんなに喜んでいた戸ノ山さんが知ったらどうなるんでしょう。
成田婦長対戸ノ山さんの恋のバトルが始まるのでしょうか。
白井先生のカンファレンスがまだ終わりそうもないので、木里子の病状についての質問は後日にまわして、日の暮れないうちにと、私は再びタクシーを拾って、龍雲寺へ向かいました。木里子は勿論のこと、皆さんもきっとお知りになりたいに違いない陽春のその後について、宗達老師にお話を伺うためです。
私の質問責めに宗達老師はようやくその重たいお口を開いてくださいました。
陽春は臨済宗妙心寺派・天寧寺(てんねいじ)専門道場に戻り、修業されているそうです。
そして、驚いたことに、その天寧寺は私の住む静岡県三島市からバスに乗って40分ほど走った箱根山麓に位置しているそうです。
明日早速いって、陽春がどんな修業をしているのか、皆さんに伝えるために見てこようと思います。
こうしてこの街に引き返してきた私は、木里子と陽春の心のありようを辿りながら、皆の暮し振りをきめ細(こま)かく追うことで「ピュア・ラブ」Uのドラマを紡(つむ)いでいこうと思います。
ですから、ドラマが完成し、放送の日を迎えましたらあなたも、ぜひこの街に戻ってきて下さい。
そしてあなたの胸に、再び、彼らを住まわせてください。
その日のために、私は天寧寺に近い箱根山麓の町で、ただひたすら原稿用紙にペンを走らせます。
2002年8月2日
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