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「風化じゃなくて、消し去られてしまう」建築士と大学生がジオラマで『今の双葉町』を再現し記録 製作過程で出会ったのは故郷への愛着を捨てない人々 

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 去年8月に一部地域で避難指示が解除された福島県双葉町。双葉町住民意向調査(去年11月)によりますと、すでに戻っている人はわずか0.7%で、戻らないと決めている人は56.1%です。そんな中、日々変わる双葉町の今を残そうと、あすにも解体されるかもしれない建物をスケッチし続けてきた建築士がいます。その建築士が、大学生たちと一緒にジオラマで双葉町の今を残す活動を始めました。

町の姿を100枚以上スケッチ「記録した形で残していけたら」

 福島県双葉町。メジャーを手にした若者たちが解体を待つ家や店の寸法を測っていきます。彼らは関西学院大学の学生です。学生を率いるのは神戸市長田区の1級建築士・曺弘利さん(69)。
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 曺さんは3年前から毎月のように双葉町を訪れ、変わりゆく町の姿を100枚以上スケッチしてきました。今残っている建物のほとんどが近いうちに解体されます。
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 (曺弘利さん)
 「双葉町の建物とか町並みとかを、ただイメージとか美術的なものでなく記録した形で残していけたらなという勝手な了見でやっているんやけどね」
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 福島県の太平洋沿岸の双葉町には、隣の大熊町とまたがって東京電力福島第1原発が立地しています。東日本大震災による原発事故では、周辺の多くの市町村が避難生活を強いられました。

双葉町に戻ってきた住民は7000人のうち60人

 双葉町に人が住めるようになったのは、全自治体で最後の去年8月。とはいえ面積にすると町の15%、戻ってきた住民は震災前の人口約7000人のうち60人にすぎません。
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 そうした中、曺さんは去年10月からこの町の復興住宅の一室を借りています。阪神・淡路大震災で事務所が全焼するなど被災した曺さん。だからこそ被災地の住まいの痕跡を記録する使命感に駆られているのです。

 (曺弘利さん)
 「風化じゃなくて消し去られてしまうから。(住まいの)記録は残しておかなあかん。行政は数字とか固定資産税とかの数字は残すやろうけど、こういうものはないからね。また記録せんやろうしね」

学生たちと『今の双葉町の姿』をジオラマに

 若い世代にも被災した町やそこで暮らす人の姿を知ってもらいたいと考えた曺さん。関西学院大学の災害復興ボランティアグループの学生と共に、今の双葉町の姿をジオラマにすることにしました。
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 (大学生に教える曺さん)
 「もっとしっかり押さえとかな。指切るで。…そんな押さえんでも。学校もうやめて大工についた方が早いで」

 長い日は朝から晩まで、約2週間かけてベースをつくりました。双葉町の4つの地区、甲子園球場にして約18個分の面積を1000分の1のジオラマにします。

 しかし、写真や地図を参考にしていては、いつまでもジオラマに深みが出ないと曺さんは考えました。

地元の人々に聞く『町での思い出』

 今年2月、学生たちとともに双葉町に向かいました。交流がある地元の人々から話を聞くことにしたのです。
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 【双葉町でのやりとり】
 (高倉伊助さん)「私の思い出は、結婚して40何年だけど、結婚指輪をこの店で買ったんですよ。友達の店だったから」
    (大学生)「けっこう思い出深い場所なんですね」
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 つくりかけのジオラマも復興住宅に持ち込んで地元の人に見てもらい、記憶を掘り起こします。

 (ジオラマを見ながら話す宇名根良平さん)
 「この辺に駄菓子屋さんがあって、ガンダムのプラモデルとかがあるけど、双葉南小の子らはここまでしか行けなかった。でもここに無いやつが、双葉北小のこちらに売ってあって、冒険して買いに行って先生に怒られた」

避難指示解除にあわせて故郷に戻ってきた男性 津波で流された家のローンは今も残り職を探す

 夜は復興住宅でできた友人・志賀隆貞さん(73)と酒を酌み交わします。

 (志賀さん)「(歌を口ずさみ)この歌わかんねえよな?」
  (大学生)「わかんないです」
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 志賀さんは双葉町で生まれ育ち、避難指示解除にあわせて故郷に戻ってきました。津波で流された家のローンは今も残っていて、70歳をこえても職を探しています。

 (志賀さん)「『(ホテルの)ベッドメイキングの仕事ある』って言うけれど、(応募したら)『髪が伸びすぎ』と言われた」
  (曺さん)「あかんって?」
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 県内の別の町に住む家族は双葉町にはついてこず、1人暮らしです。二重生活で経済的には困窮しています。

 【志賀さんを自宅まで送る様子】
  (大学生)「電気つけて…」
 (志賀さん)「電気つかないよ」
  (大学生)「『電気止められている』て言ってた」

 志賀さんの家は料金の未払いで電気が止められていました。

 (志賀さん)「俺寝るよ」
  (大学生)「おやすみなさい」

ジオラマ製作を通して大学生に経験してほしかったこととは…

 (建築学部2年 前田蒼太朗さん)
 「(Q電気が止まっているのを見て?)信じられないというか、そもそも自分の常識の中に電気が止まるとかいうのは…」

 (総合政策学部2年 竹川航平さん)
 「ちょっと考えられなくて、イレギュラーな感じがしました」
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 (大学生たちに話す曺弘利さん)
 「そういう見方は初めて来たからやろうけど、わしは何回も来てるから。そうじゃないねん。(志賀さんの)最後のプライドいうことかな。(志賀さんは)いろんなことやってきて人生を生きてきて、災害あって住むところ追われたり歴史奪われたりしたらこういうことになるねん」

 曺さんはジオラマ製作を通して学生たちに、原発事故で奪われた故郷への愛着を捨てない人々と直接関わる経験を持ってほしかったのです。

「双葉町と関わるツールをつくっているだけ」

 神戸に戻るとさっそくジオラマ製作を再開させました。現地の土を踏み、人々の声を聞いたことで作業にも一層力が入ります。
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 (総合政策学部2年 竹川航平さん)
 「ただジオラマをつくるだけではなく、生活の営みや雰囲気などを1つ1つ思い出してジオラマ製作に生かしていきたいなと思いました」
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 完成したジオラマは3月11日にあわせて再び双葉町を訪ね、町長らに託すことになっています。でも、曺さんは学生たちに「ジオラマ製作は『故郷』の歴史を記録する取っ掛かりに過ぎない」と何度も伝えました。
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 (曺弘利さん)
 「双葉町と関わるツールをつくっているだけ。『こんなんつくったから町の話聞きたいんや、知りたいんや』というふうに(学生たちも)つながっていくわけやろ。あいさつ代わりの模型や」

2023年03月10日(金)現在の情報です

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